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いまどきシンデレラ

カボチャの馬車。

きれいなドレス。

「いまどき」のシンデレラ事情に迫る一作!


2015年 02月13日 00時06分投稿を再掲。

 深夜。


閑静で清潔な新興住宅街は、暗闇に包まれていた。


 街灯が等間隔に並び夜道を照らしている。道路に車影はない。そして歩道に人影はたった一つ。


 その影の主は、一人の女だった。まだ若い。大学を出たばかりだ、と言われても納得する顔立ちをしていた。


ハイヒールの音を夜に響かせている。仕事に疲れた顔をしている。週末だというのに深夜まで仕事をやり、女は今、やっと帰宅したところだった。


 この新興住宅街は女一人でも快適に住めるのが売りで、犯罪は一件もない。だからこんな真夜中に女一人でふらふらしていても何の心配もない。


 女は自分の家に着くと玄関に入り、ため息を一つ。家の中に灯りはなく、暖かさもない。


 誰よりも仕事をしたおかげで出世し、若いのに広々とした一戸建ての自宅を買えた。池を作れるほどの庭もあるし、その気になれば自動車をいくつも置けるだけの余剰空間だってある。


ただし男運だけがないことに、女は憂鬱さを覚えていたのだった。


「あーもー。疲れた……」


 女は今の気分をTwitterに投稿する。一人でつぶやくよりは、いくぶんか気が楽になる。


 今の仕事はキツイが、稼ぎがある。それが女の救いになっていた。


それに、もう一つ。


 気になる人もいる。女とはデスクが近く、年齢も近い男だった。一度、二人だけで飲みに行ったがある。そのときは男に都合があって途中で切り上げたが、また飲みに行く約束をしている。


 それを指折り数えながらビール缶を空ける。それが女にとって、ここ最近の楽しみだった。


 メイクを落としてビール缶を一本、空にする。そしてベッドに倒れ込んだ。


「あーあ。結婚してくれないかなー。あの人」


つぶやく。


 そのときだった。


「その願い、叶えてやらんでもない」


しわがれた声がした。


 あわててはね起きる女。


「え? 誰よ」


「わたしは魔法使いだ」


 壁を通り抜けてきたのは、半透明の男。着ている服は半透明の、ゆったりとしたローブ様。向こう側の壁が透けて見える。


 すべてが半透明の男だった。


「なんなの、あんた」


「魔法使いだと言っておろう。おい女。そんなことより願いはさっきのでいいのか。いつぞやの娘っこみたいに王子様を欲するのだな」


「……」


 魔法使いはまくしたてた。


 女は無言で、枕元の携帯電話で警察に通報しようとする。もしかすると、この新興住宅街で初めての犯罪かもしれない。


 しかし出来ない。なぜだか携帯電話が持ち上がらない。すさまじい重みを持ったのか、ベッドにくっついているようだ。


 魔法使いはその様子をあきれて見ている。


「余計なことをするんじゃない。それが何か知らんが、わたしに危害あるものは移動させられん。まったく、せっかく願いを叶えようと言うのに。願いがないなら帰る」


「ちょ、ちょっと」


「なんだ。気が変わったのか。だったらカボチャを持ってこい」


「カボチャ?」


「そうだ。早くしろ」


「ないわよ。カボチャなんて」


「ない? 今は冬だぞ。旬の野菜がないとはどういうことだ」


「自炊なんかしないもの。面倒くさい」


 実際、女の食事のほとんどはコンビニか外食だ。ここ数年、スーパーで野菜を買ったことがない。そして料理をした記憶もない。


 魔法使いはまた、あきれたような仕草を見せた。顔が半透明だから表情が見えない。


「どういう女なんだ一体。以前の娘っこはすぐカボチャを持って来たというのに。まあいい、時代が変わったのか。今回はわたしが準備する」


 魔法使いは言い、半透明のローブの下からカボチャを出した。それから何か魔法をとなえると、カボチャは消えた。


「女。外に出ろ」


 命令口調の魔法使い。


 女は、けげん気に玄関を出ると、そこにはカボチャの馬車が止まっていた。カボチャ型の馬車はつやつやとし、引いている二頭の馬は元気そのもの。


 おとぎ話でよく見るカボチャの馬車が、そこにある。


「おい女。その格好ではダンスパーティーに行けんぞ」


 魔法使いがまた何か唱えると、女の服が一瞬にしてドレスに変わった。それも、百人が百人、素敵と表するドレス。下品すぎず派手すぎず、それでいてセクシー。


「さあ、これでパーティーに行け」


「え、ええ……。ねえ、あなた本当に魔法使いだったの?」


「だから魔法使いだと言っておろうが。じゃ、帰るぞ。ああ、その馬車とドレスは零時に消えて元に戻るから気をつけろ。じゃあな」

 女は時計を見る。あと一時間ほどしかない。


「ねえちょっと!」


「なんだ。いや言わんでいい。言いたいことは分かっている。この馬車はお前の思い人の家に着く。それも最短の順路でな。そして家の前にはお前の思い人が待っている。これも魔法だから心配するな。じゃあな」


 魔法使いは消えてしまった。半透明から、完全に透明となり、あたりには人っ子一人いない。


 女は、自分の頬をつねる。痛い。夢ではない。そしてドレスも現実のものだった。


 それから馬車を見た。


 馬は従順そうだった。カボチャの馬車の扉は自動で開いた。中は広い。全面が高級ソファーのように柔らかで、しかも上品そのもの。


 その一角には戸棚があり、中には高そうなアルコール飲料が並んでいる。


「すごい」


 子供の頃、女は魔法使いの存在を信じていた。しかし成長ととも信じなくなったし、こんなドレスを着ることが出来るとも思っていなかった。


 この馬車に乗れば、あの人に会える。


 今や女は、そう信じきっていた。


 女はソファーの一隅に腰を下ろすと、カボチャの馬車の扉は自動で閉まった。二頭の馬がヒヒンといななき、ゆるやかに歩みを進める。


 深夜だから、静かだった。夜風が心地良い。ここにすわって語るだけでも、いいシチュエーションではないか。そしてあわよくばその先にも……などと、女がそんな妄想をしていたときだった。カボチャの馬車の後方から、サイレンの音がする。そして回転する赤ランプ。


 一台の特殊な自動車が、女の乗るカボチャの馬車を追いかけてきた。そしてスピーカーで呼びかけてきた。


「そこの馬車! ちょっと止まって!」


「え? わたし?」


 振り返ると一台のパトカー。


 この新興住宅街は治安もいい。その理由の一つに、警察の深夜巡回ルートに入っていることが挙げられた。


 そうそう、と助手席の警察官はうなずいているのが見える。


 カボチャの馬車はゆるやかに止まった。それから女は下りる。


 警察官の片方が近付いて、女に問う。


「君、どこの人?」


「そこの家です。一番奥の」


「ああ。ところで、この馬車はあなたの乗り物?」


「そうです」


「いつ入手したの?」


「いつって、その………」


 魔法使いにたった今もらった、などと信じるものか。


 答えあぐねる女。警察官はカボチャの馬車を見回す。


「この自動車? と言っていいのかな。クラシックカーの分類になるのかな。いずれにしたって君、ナンバープレートがない。いくら深夜だからってこんなので公道を走っちゃ駄目だよ。もし事故になったらどうするの」


「あ、はい……」


「免許証ある?」


「はい」


 見せる。警察官の眉にシワが走る。


「これは普通免許……ではないね。小型自動車のみの免許か。この馬車は何トンあるの?」


「いえ、わかりません」


「わからないのに乗っていたのかい。それじゃ、無免許運転じゃないか。車庫証明はあるの?」


「ありません」


「ないの? それじゃ、趣味で作って、普段は庭で保管しているのか」


「は、はい……。そんな感じです」


 そんなやり取りをしていたとき、女はふと、周囲の視線に気付く。野次馬が群がっていた。さっきまで無人も同然だったのに。


 警察官は彼らに向かって言った。


「あー、なんでもないです。ご心配には及びません。帰って眠ってください。えーと君。この馬はどこで飼ってるの? 排泄物とか大変でしょう」


「はあ、いえ」


「まあ馬はペットだから何とも言わないけどねえ。カボチャの馬車じゃ車検も受けられない。もし誰かにケガさせたら保険も降りないでしょう。不幸になるのは君だけじゃないから」


 警察官にさんざん説教され、すごすご帰宅した頃、ちょうど零時になった。魔法はとけ、カボチャの馬車もドレスも消えた。


「シンデレラの時代に免許も車庫証明もあるわけないでしょ!」


 女は魔法使いをうらみ節をTwitterなどに投稿した。


 しかしウワサはなくならなかった。


 数日後には、この新興住宅街のすべてで女はウワサになっていた。深夜にドレスでカボチャの馬車に乗る、シンデレラ気分の変な女。


 そればかりではない。どこかの誰かがSNSに投稿したらしく、警察官にこってりしぼられる写真までついている。それもコメント付きで。


 悪いことは重なるもので、ネットに住まう暇人が女の住所を特定するに至った。やがてFacebookやTwitterは炎上する。女はとうとう卒業校さえネット住人に知られ、学生時代のアルバム写真や卒業作文が投稿される。


 そればかりか最近は勤務先にさえ電話の問い合わせが来るようになり、物好きな奴は電凸に飽き足らず、会社の受付に直接乗り込んでくる始末。


 女はSNSで反論した。


 今は反省しているし、罰金だってちゃんと払った、と。ところがこれは火に油を注いだ。煽る奴は、金を払えばなんでもいいのか、と気炎万丈。他にめぼしい話題もないのでさらに騒がれた。


 アカウントをすべて消してもすでに魚拓を取られていたらしく、ネットから情報は消えない。


 近所からは嫌われるし、卒業校が一緒だという者は連日にわたって燃料を投下する。


 また当然、女は職場でもウワサされた。出世どころかドンドン降格する。気になる人には避けられるようになり、一緒に飲みにいく約束もいつの間にか消え失せ、女は最後には職を失ってしまった。

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