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ゆめ彼女

 高校生になってへきえきしたのは課題の多さだった。

 そんなときだった。「手伝おうか?」と彼女が声をかけてきたのは。


 2014年 12月11日 00時03分投稿を再掲。

 高校生になってへきえきしたのは課題の多さだった。

 僕の友達はみんなその対応に苦慮している。授業と授業の合間だというのに、机に向かって課題に取り組む様は熱心といおうか悲壮といおうか。

 そうした中で彼女だけは異色で、サッサと終わらせるや周囲の人たちを手伝うといった離れワザを演じることがしばしばあった。

 僕の席にはなかなか来てくれないので、彼女の存在を知ってはいたが話す機会はこれまでなかった。

 何しろ彼女の席は廊下側。

 対して僕は眠気をさそわれる確率の最も高い、窓際でいちばん日当たりのいいところ。

 ちょうど正反対に位置している。だから彼女がこっちまで来てくれることはこれまでなかった。

 その日までは。

 その日は、いつか来てくれたらなーと思いながら、ぼんやりしていた日だった。

「ねー、課題終わったのー?」

 そういう声がした。僕に向かって。

 声の主は彼女だった。

 首をかわい気にかしげて、口元にやや笑みをたたえて。今日の陽光に勝るとも劣らない、温和な顔だった。

「僕?いや。まだだよ」

 こんなに近くで見たことはなかった。なんだか少し恥ずかしい。

「やらないのー?」と彼女はさらに聞いてくる。

「半分あきらめた」

「なんで?」

「多いから」

 彼女は、ふーんと言って思案顔になった。次の瞬間、その表情はパッと明るくなる。

「じゃ、手伝ってあげるよー。わたし、もう終わったからさ」

 よし来た! と僕は思った。心の中でガッツポーズ。来たぞ、いよいよこのときが!

 しかし、ガッついてはみっともない。つとめて平静をよそおい、自然な感じでたずねる。

「いいの?」

「いいよー」

 窓から春の風が入り込む。彼女の髪を少し揺らす。少しく、かわいいと思った。

 それから彼女は僕の課題帳を手に取り、ページをめくる。そのときだった。

「あれ?」と、彼女は不思議そうな顔を見せ、言うのだった。「なーんだ。課題、もうやってあるじゃん。やってないなんてウソついてー」

 それから、くいくい、と僕のそでを引っ張る。やめてくれ、ほれてしまうから。でもやめないでほしい。

 彼女から課題帳を受け取る。

「おかしいな。僕やった覚えないんだけど……」

 けげんに僕は課題帳をめくる。するとどうだ。提出すべきページはことごとく埋まっている。やった覚えなどないのに。どういうわけだろう。まるで魔法にかかったみたいだ。

「まーいーや。やってあるんならいいじゃーん」

 にんまり笑って、彼女はまるで自分のことのようにうれしそうだった。そしてそでを引っ張るのをやめない。


「ねー。起きてー。課題終わったのー?」

 僕はハッと身を起こす。

「あれ?」

 寝ていたのか。頭が痛い。

「よだれふきなよー」

 声の主は、あきれた笑みを浮かべて僕の隣に立っていた。彼女だった。僕のそでを、くいくい、と引っ張っている。

 どうやら寝ていた僕を起こしてくれたらしい。

 時計を見る。授業と授業の合間だ。まわりのみんなはいつ果てるともしれぬ課題にいそしんでいる。

「課題終わったのー?」

 彼女が聞いてきた。

「あ、ああ……。もちろん」

 ふーんと彼女は言って、僕の課題帳をパラパラめくる。

「終わってないじゃん」

「え?」

 彼女から課題帳を受け取り確認する。そんなばかな。さっきは確かに埋まっていたはずだ。だが、課題帳の提出すべきページは白紙で、春の陽光をまぶしく反射する。

「夢か……」

 僕は脱力した。しかし冷静に考えれば、そりゃそうだ。やってもいない課題が終わっているものか。

 彼女はそんな僕が気になったようだ。

「夢ー? へー、どんな?」

「うん。課題が全部終わった夢だった」

 彼女はにんまり、とほほえみを見せる。そしてなぜか僕のそでを引っ張る。そんなに引っ張るのはやめてほしいなあ。ほれちまうぜ。


「ねーねー。本当に寝てるのー? 課題終わったのー?」

 彼女の声がした。彼かが、僕のそでを軽く引っ張っているらしい。くいくい、という感触がある。

 僕は目覚めた。

 席の隣に彼女が立っている。よだれ垂れてるよーと彼女は面白そうに言った。

「え? また夢?」

 僕はあたりを見回した。時刻は授業と授業の合間。みんな課題に取り組んでいて忙しそうだ。そんな中、僕は寝ていたというのか。

 彼女は目を丸くした。

「えー夢? 夢見てたの? 気持ち良く寝てるなーって思ったよー。よだれが垂れてる」

 僕はよだれをぬぐう。それからあわてて彼女にたずねた。

「か、課題は?」

「課題? わたしはやったよー。やってないなら見せようか?」

 得意そうな彼女。えへん、と胸をはっている。

 僕はそんな彼女をよそ目に課題帳を広げる。彼女はちょっとだけつまらなそうな顔をして、僕の課題帳をのぞき込んできた。

「んー? あれー。課題やってないなんて、うそ言っちゃってー。ちゃんとやってあるじゃん」

「ああ、うん……。あれ。やってある」

「へんなのー。それで夢って、どんな夢なのー?」

 僕のそでを、くいくいと、か弱く引っ張る彼女。こういうのって人をほれされせる効果でもあるのかな。ちょっと照れる。

 けれどもこれ以上、彼女のことを好きになったり、あるいはこれが夢であると困るから、僕は課題帳に目を落としたままで、彼女の笑顔を見ないようにした。見なくたって想像はできた。彼女はきっとにんまり、と顔いっぱいに笑顔をたたえているのだ。

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