ハテノハテノ
宇宙のかなたに不規則な閃光を観測した。地球が技術の粋を結集した宇宙船を送り込むと、そこには地球人そっくりだが友好的なハテノ星人がいて……。
2014年 12月09日 00時01分投稿を再掲。
地球の粋を集めた宇宙船は、果てしない宇宙を進んでいた。スマートな船体は銀色に輝く。巨大なエンジンは炎を吐き、進むことをやめない。
地球を発ってすでに数年。長い旅に備えて乗員たちは出発してすぐコールドスリープ装置で眠りについていた。
船内にアラーム音が鳴り響いた。
しばらくすると、宇宙船の操縦室にヒゲの男が眠たそうに入ってきた。船長である。
「はいはい。起きましたよ」
アラーム音を切った。船内は静かになった。
船長は機器のチェックを始めた。地球と宇宙船の位置。進路。速度。そして船内の空気や燃料に異常がないことを確認した。
「よし。異常なし」
うなずいたとき、一人の若者が操縦室をのぞきん込んだ。
「船長。先に起きていたんですね」
若者は船員だった。この宇宙船の乗員は、この二人きりである。
「遅いぞ」
「すみません。コーヒーをいれていたんです。いかがですか」
「ありがたい。もらおうか」
コーヒーのかぐわしい香りがただよう。
「久しぶりのコーヒーですねえ」
「ああ。何年ぶりだろう。もっとも、ずっと眠っていたがね」
「ずっと眠っていたせいですかね。体が重たく感じます」
「なあに。やることはたくさんあるぞ。体力なんて自然につくさ」
船長は笑った。
「機器のチェックは済んだんですね」
「すべて異常なし。我が宇宙船は問題なく進行している」
若者は不思議そうな顔をした。
「なら、なぜ我々は起こされたのですか。予定ではまだしばらく寝ているはずですよ」
「その通りだ。目標の地点まではまだ距離がある。それなのに起こされたのは、進路に何かあるからだろう。しかしそれはありがたい」
「なぜです」
「なぜって、この作戦を思い出してみろ。はるか宇宙にかなたに未知の閃光が現れたんだぞ。不定期だが絶えない閃光だ。観測しても原因が不明だから、実際に人を送り込もうというのだ」
「人類始まって以来の大作戦ですね」
「むろんだ。そもそもコールドスリープ装置が実用となったのも今回が初だ。こういうことはきちんとメモしておけ」
「報告ならコンピューターにしていますよ」
「違う。地球に帰ったら本を書くのだ。小説はやがて映画化の話が来て、いちやく有名人だぞ」
言いつつ、船長は操縦室のパネルを操作した。宇宙船の進路上に、何かある。物体だった。
「あの物体は何ですか。惑星ですか」
「違うようだ」
「小惑星か、流れ星ですかね」
「ちょっと違うようだ。動きがあるし、左右対称の構造物だ」
「え! もしかして異星人のUFOですか!」
「かもわからない」
船長は重々しくうなずく。そして息巻く。
「これは本を書くのにいい題材になるぞ」
地球からこれほどの距離を進んだ宇宙船は、船長たちの今いる宇宙船を除き、ない。ならば、進路上にある物体はいったい何であるのか。
若者は興奮気味に言った。
「UFOがいるなんて、やっぱり宇宙ですねえ。昔から好きなんです。そういう話が。知っていましたか? 昔からUFOは世界中で見られたんですよ」
「そんな話は単なるオカルトだと思っていた。警戒を怠るなよ」
「わかっています。でも、もし本物のUFOならどうします」
「マニュアルにのっとり、まずは警戒だ。それから観察。可能なら接触だよ。とにかく紳士的に接するんだ」
船長と若者は、その物体から目を離さなかった。大きさは、船長たちの宇宙船よりやや小さい。左右対称の構造は、明らかに人工物であった。
船長が命令を下す。
「発火信号を送れ」
「はい」
若者がその命令に従う。短い発火を五回。長い発火を五回。これを繰り返した。
「あっ!」
若者は思わず叫んだ。構造物から、まったく同じ発火信号が帰ってきたのだ。
「船長、やはりあそこには誰かいますよ」
「ああ。あれが鏡でないことを祈ろう」
船長のジョークもそこそこに、両者は距離をつめていった。船長は宇宙船のスピードを落とし、やがて停止させ、距離を一定にした。
「電波は出ているか」
「はい。内容は不明ですが……あ、わかります!」
「何? わかるだと」
「内容はこうです。『地球の皆様、こんにちは……』」
「どういうことだ。我々の言語を知っているのか」
「そのようです。続きが来ます。『我々はハテノ星の者です。どうぞこちらへおこしください。今、そちらへうかがいます』」
「うかがうだと」
構造物が距離を縮め始めた。そして宇宙船に接すると、出入り口に向かってチューブのようなものを伸ばした。
「通信です。『どうぞ扉を開けてください』」
「こちらから送信はできるか」
「はい。なんと送りますか」
「『こちらは地球人です。お出迎えを感謝いたします』」
船長と若者は宇宙服に着替えた。それから扉を開け、チューブを通り、相手の……ハテノ星人と名乗った宇宙人の船に入った。
「あ、これは……」
船長は目を丸くした。若者も口を大きく開けて、目を見開いている。
宇宙船の中のはずが、そこに広がる風景はまるで森の中だった。針葉樹や広葉樹の木々が緑から黄色から色とりどりの色彩を見せている。小川のせせらぎが聞こえ、小鳥のさえずりが耳を楽しませてくれる。
「船長、ここは地球ですか」
「うーむ。まさしく」
二人が驚きを隠せないでいると、目の前に一人の人間が現れた。背格好も見た目も、まさしく地球人そのものだった。
『こんにちは』と、その男の声であいさつをする。
船長はあいさつを返した。
「あなたは地球人ですか」
『いいえ。ハテノ星人です。ようこそ地球の皆様。私たちハテノ星はあなた方を歓迎いたします。そして同盟を結ぶ用意があります』
「歓迎に対し、我々は地球を代表して謝意を示します。あなた方ハテノ星に敬意を表明いたします」
『ようこそ。堅苦しいあいさつはこのくらしにして、どうです。お食事でも。お望みならばお酒もあります』
「ありがとうございます。あなたは今、同盟と言いましたね」
『はい』
「すると、ハテノ星は地球のことをご存知だったのですか」
『はい。あなた方が地球を発つずっと以前から。不思議ですか。なぜ今さらになって接してきたのか』
「はい。ぶしつけながら」
『それに関しては、さあ。座りながらどうぞ』
小川のほとりに休憩所があった。木製の、豪華な装飾の施されたテーブルには見た目も素晴らしい料理がずらりと並んでいる。
ハテノ星人はグラスをさしだす。
『宇宙服は脱いでいただいてもさしつかえありませんよ。ここの空気はあなた方の故郷、地球と同じですから』
船長は若者に確認させると、空気の成分は地球と同一であることを示している。また、人体に有害な物質は検出されなかった。
まず船長がおそるおそる宇宙服を脱ぐ。深呼吸をする。本当においしい空気が肺一杯に満ちた。若者も船長にならった。
それから二人はグラスを受け取った。
ハテノ星人が音頭を取った。
『地球とハテノに幸あらんことを』
それから食事を介しつつ、ハテノ星人の会話が始まった。
『先ほども申しました通り、私たちハテノ星人はあなた方、地球人の存在をずっと前より確認しておりました。にもかかわらずこれまで接触を断ってきたのは、平和の意思に反するからです』
「平和、とは」
『地球には地球の進化があります。その自然の進化を崩してはなりません。ちょうどここに広がる自然界のように、あるべき姿に手を加えてはならないのです』
「なるほど」
『また、あまり突然に接触すると、我々に対して危害を及ぼさないとも限りません。特に宇宙に関する知識のない時代においては、我々のことを悪魔などと呼ぶかもしれません』
「ご指摘の通りです」
今の今までUFOの存在を疑ってきたのだ。未知の存在をあやしく思うのももっともだった。
『ですから我々は待っていたのです。あなた方が自力でここまで来られる日を。よくぞ来ていただきました。私たちはうれしく思います』
「感謝いたします。一つ、質問をよろしいですか」
『どうぞ』
「我々が地球から観測したところ、ここより先に何か閃光のようなものが観測されました。それが何かご存知ですか」
ハテノ星人の顔がくもった。
『あれは……。お恥ずかしい話ですが、私たちのせいなのです』
「どういうことです」
『あれは恒星間戦争の閃光なのです。エー星とビー星という二つの惑星国家同士の戦争です』
「さらに未知の惑星が!」
『はい。あなた方、地球人にとってはそうなります。かつてエー星とビー星は地球よりもずっと科学力の遅れた惑星でした。そこへ私たちが援助のつもりで力を貸したのです。良かれと思い、科学が進むよう援助を惜しみませんでした。ところが彼らはその科学力を軍事に転用し、とうとう互いに戦争をふっかけてしまいました。私たちはこれに深く恥じ、以後は決して干渉しないと誓ったのです。自力で宇宙へ飛び出せる時代まで進化するまでは』
「なるほど。そして地球はここに来た」
『はい。ですから私たちハテノ星は地球と同盟を結ぶ用意があります。望むのであれば科学力の援助も惜しみません』
「あなた方は、我々がその、エー星とビー星の二の舞になるという危惧を抱かないのですか」
『そのような者は、今までの進化を見ればわかります。地球人は皆、優しい人たちばかりです。他人を助け、自らも控えめだ。これほどの人種は宇宙にそうはいません。そうしたあなた方が今、目の前にいる。ハテノは同盟を結びたいと願っております』
「そこまでほめられると照れますなあ」
船長はいい気分になった。ずっと黙っていた若者も、かたわらで大きくうなずいている。
「そうですよ船長。それに僕らが初の異星人との接触したのですから、地球ではヒーローですよ」
「ヒーローか。悪くない。それならば今のうちに出版する本の題名を考えておかねばなるまい」
ハテノ星人はにこにこ笑って、その話を聞いていた。
船長は、彼に詫びた。
「申し訳ありません。自分の話ばかりで」
『とんでもない。お喜び、察します』
ハテノ星人は紳士的だった。
「しかし」と船長は難色を示す。「我々の任務はエー星、ビー星に向かうことになってしまいます」
『それは避けることをおすすめします。なにぶん、戦争中のところです。私たちがエー星とビー星の資料をお渡ししましょうか』
「よろしいのですか」
『構いません。しかし、お帰りになりましたら同盟のお話をお忘れなきよう』
船長は考えた。若者に相談した。
「どうする」
「どうするもこうするも、その資料とやらをもらって帰りましょう。まだまだ先まで進んでいては地球の家族だって年老いちゃいます。資料があれば何も行くことありませんよ。予定より早く帰れるし、任務は完了だ。手みやげだって充分です。いいことずくめじゃないですか」
「うむ」
「それにハテノ星と同盟を結ぶにしても、ハテノ星人と接触したのは僕らが初めてなんです。たぶん交渉役として次の宇宙船でもまた来ることになりますから、不満ならまたそのメンバーに入ればいいんです。そうならなくたって、本でも書けば映画だのドラマだのアニメだのになって、僕らは有名間違いなしです」
船長は考えた末、結論を下す。
「申し出、感謝いたします。その、失礼ですが資料をいただけますか」
『はい。わかりました』
「我々はこの話を地球に持って帰ります。それからまた話をさせていただきたい」
『構いませんよ。私たちはずっと待っていたのです。地球時間のあと数年くらい、待ちますよ』
ハテノ星人はエー星とビー星の資料を二人の地球人に渡すと、彼らを見送った。地球人の宇宙船はまわれ右をして、地球に向けて進路をかえした。
ハテノ星人はそれをいまいましそうに見届けると、大きくため息をついた。
『やれやれ、あの地球人どもめ……』
すると、その様子を見ていた別のハテノ星人が、全身をガサガサ鳴らしながらやって来た。そして彼のことを『艦長、お仕事はお済みですか』と言った。
『おう。航海長』
艦長と呼ばれたハテノ星人は返事をした。
『おつかれさまです。地球人は帰りましたね。何か飲みますか』
『そうだな。何かこう、スカッとするものを頼む』
艦長と呼ばれたハテノ星人は、彼の体にぴったり合ういすに腰を下ろした。そして地球の宇宙船をスクリーンに映した。
『あのノロマ船め。まだあんなところにいやがる』
『仕方ありませんよ。あんな原始的な宇宙船ではあれでも最高の性能なのでしょう。艦長、そのスーツは脱いだらどうです。いつまでもそんなツルツルした地球人では、気持ちが悪いでしょう』
『ああ』と、艦長は返事をする。
航海長と呼ばれたハテノ星人が八本の指をふるわせると、艦長が着ていたスーツはたちまち消えた。
『あーあ、やっと伸びができるよ』
艦長が身を伸ばすと、体を覆ううろこがガサガサと鳴った。
それにしても、と航海長と呼ばれたハテノ星人は疑問をぶつけた。
『なぜあんな原始人どもに同盟なんて持ちかけるんでしょうね。うちの本星は』
『そりゃあハテノの平和のためよ。宇宙に行くほど科学力がない星には宇宙船の姿を見せて恐怖と興味を植え付ける。ちょうど昔の地球みたいにな。そして自力で宇宙に出てきたら、今のように、ほめちぎりながら同盟を持ちかける。どうせ私たちの方が科学力は上なのだ。同盟の条件はこちらの言うがままになるさ。地球人がどうこう言えるものか』
『確かに。地球はハテノに頭が上がりません。しかしそんな星との同盟なんてする必要があるんですか。我々が得るものが何もないのに、地球は得る』
『もちろんあるとも。いくらか技術をやったあと、近くの似たような文明の星と戦争をさせる。もちろんハテノは地球とその敵、双方に武器を売ってもうける。そして決着がついたら私たちハテノ星は勝った方に祝福を送れば良い。彼らは勝ってうれしい。私たちは感謝される。おまけに復興のために必要な資材を売りつけられる』
『いいことずくめですね』
『そうでなくては困る。なんでハテノがあんな原始人に頭を下げなきゃならんのだ』
艦長はぶつくさ言いながら、航海長の用意してくれた飲み物を口に含む。
『どちらに賭けます』
『そうだ。さーて、どっちが勝つかな。ま、どちらでもいいがな』
『それじゃ賭けになりませんよ』
『エー星かな。あいつらと最初に出会ったが、今の地球人と同じ感じだった。私欲、有名、私利…』
そして艦長は十本の指をふるわせる。それと同時に、ハテノ星人の二人が乗った構造物のそばに巨大な宇宙船が現れた。地球人の宇宙船とは大きさも性能も比べられないほどだった。
その宇宙船は二人のハテノ星人の乗った地球型宇宙船をのみこむと、ハテノを目指して加速し始めたかと思うや、次の瞬間には消えていた。
一方で地球人たちは、ハテノ星人たちが平和のために準備した資料を、大事そうに金庫へしまった。
そして再びコールドスリープ装置のスイッチを入れ、何年もかかる旅路に入りつつあった。
「おやすみなさい、船長」と若者は言った。
「ああ。またな」と、船長はうなずいた。