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ああ

「ああ、ああ、神様、神様!」

ほの暗い、大きな部屋の中。


 2014年 11月27日 01時02分投稿を再掲します。

「ああ、ああ、神様、神様!」

 ほの暗い、大きな部屋の中。彼は悲痛な叫びを響かす。

「もしあなたがいらっしゃるのなら! なぜ、こんなばかげた戦争は行われたのですか!」

 お答えください! と彼は天をあおいだ。ぼんやりとした天井から返事はない。どのくらいの高さがあるのか彼は知らない。ましてこの部屋の広さなど想像もつかない。

 目をこらして、みる。うす暗い床を埋め尽くすように彼の仲間たちが死体となって横たわっている。それが延々と続く。床にも死体にも果てがないのだ。

「ご覧ください、この部屋の中の風景を! ご覧ください、この死屍累々たる光景を! 彼らはさっきまで生きていたのです。笑っていたのです。私と一緒に!」

 いつ果てるともない死体の数々。彼は泣きじゃくっている。恨みを込めて声を張り上げる。

「将来を語らってきたのです。なのに、なのに! 今やしかばねとなり果てたのです。彼らは二度と笑いません。二度と話しません。二度と! 二度と!」

 悲壮感にあふれている。彼は呼吸を少し落ち着けた。

「……たとえば彼は、私と最も親しい者でした。その隣の彼はまた、決して悪くはない者でした。向こうの彼は、最近知り合ったばかりでした。これから時を重ねてもっともっと仲良くなるつもりでした」

 それが、それが、と彼は嘆く。

「それがすべてパアです。全巻の終わりです。私を除いて、生き残りはいません。私だけです!」

 彼はこの部屋の、最後の存在だ。

「なぜ彼らは皆死んだのですか。死なねばならなかったのですか。なぜ私が生き残ったのですか。理由はあるのですか」

 神様!

 神様!

 彼は、神の名を呼び続けた。

「わたしを呼んだ?」

 返事を期待していなかった。だから、どこからか返事がしたたとき、思わず彼は泣くのをやめて周囲に目をやった。

「誰ですか? 今の声は」

 異性の声であった。さらに返事がある。

「誰って、あなたの言う神がいるのなら、わたしがそうかな」

「あなたは……?」

 目を細めて見る。ぼやついた丸い輪郭の中に、誰かが……、もしくは何かが、いる。初めて見た。しかし不思議と、懐かしい感じがした。

「だから、あなたの言う神、かな」

「あなたが、神?」

「そう呼んでいいよ」

 親近感がふつふつとわく。なぜだろう。

「神……若い、ですね」

 とんちんかんなセリフにも、神は答える。

「若い方がいいでしょ? だってあなたも若いもの」

 表情は見えないが笑っているふうな口調だった。

「ここで死んだ者たちも皆、若かったのです」

「うーん。そうよね」

「知っていたのに。なぜ」

「なぜって。それがわかっていてここに来たんじゃないの?」

「……わかりませんでした。私たちは生まれてすぐここに来ましたから」

「泣いているの?」

 神は、彼の目元をすっとぬぐう。

「泣きぼくろがある」

「ふざけないでください!」

 彼はその手をはらいのけた。しまった、と彼は思ったが、神に怒った素振りはない。いたずらした子猫をあやす母猫のように、神は言う。

「何も知らないのね、あなたは」

「でも! 彼らと楽しかったことは覚えています。怒りもあります! 悲しかったことも、楽しかったことも覚えています」

「うん、うん。こっちにこっちおいで」

「なんですか。なぜ私に近付くのですか」

「だって、そうでないと一つになれないじゃない?」

 親しげだった。だから、彼はそれに流されそうになった。なぜなのか。彼は神が、どことなく身近な存在に思えた。

「一つになるとはなんですか。それで何になるのですか」

「それはこれからのあなた次第よ。どんな人生になるかは。あなたはたくさんの中から選ばれた。喜怒哀楽は生まれてからも味わうのだから。一足先に経験しちゃっただけね」

「じ、人生とはなんですか」

「わたしと一つになって、生まれること。さ、行こう」

 神は、彼の手を取った。

 そして彼をいだき、彼と一つになった。

 そのときにも彼にはまだ意識があった。しかし、部屋のはるかかなたより一条の光がさし、やがて部屋中に光に満ちてくるのと反比例して、彼の意識は薄らいでゆく。

 彼の意識が完全に消える直前、神は彼に祝福のセリフを投げかけた。

「光あれ」

 そこで彼の意識は消えた。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

 出産に立ち会った医師が顔をほころばせると、母親はほっと息をついた。

 生まれたばかりの赤ん坊の泣き声を耳にしながら、母親もまた泣いていた。出産の痛みと、我が子を抱ける喜びをかみしめていた。

 それから母親はその赤ん坊を抱きしめた。そして泣きじゃくる赤ん坊の目元にある泣きぼくろを、いとおしそうになでた。これは父親に似たのね、と母親は語りかけた。

 すると赤ん坊は、その手を払いのけるような仕草をみせたが、母にとってはその動作さえ幸せの源だった。


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