プロローグ
ピンポーン、ピンポーン
けたたましいチャイムの音に斉藤心は盛大に顔を顰めた。今日は久々にゆっくりできる休日で、朝っぱらから人が訪ねてくる予定なんてない。
寝起きの頭を振り、あくびをかみ殺した。心は目に映った時計を見て軽く目を見張る。感覚的に朝の七時、八時くらいかと思っていたのに、既に十時を回っている。この時間に尋ねてくる人がいても文句は言えない。
何度も、何度も叩きつけられるようになるチャイムの音に心は慌てて立ち上がった。
「どちら様」
相手を確認する事もなく扉を開けた。訪ねてくるのなんて、どうせ悪性時代からの友人か、弟か、もしくは今日遊びに来たいとせがんでいた生徒の誰かだと思っていた。だが、扉の向こうにいたのは見覚えのない男だった。いや、正確には見覚えのない、ではなく、誰なのか認識できる程の情報が与えられなかったのだ。
男は、真っ黒のパーカーを羽織り、顔が見えないほど目深に帽子をかぶり、黒い手袋をしている。まるで刑事ドラマに出てくる馬鹿な犯人の典型のような格好だ。
寝ぼけた頭で心はソレが誰なのか見極めようとした。だが、帽子の下から除く顔に見覚えはない。
「あんた……」
心が口を開くよりも早く、男がドンッとぶつかってきた。鋭い衝撃が腹に走り、体の力が抜ける。再び強い痛みと共に何かが抜かれる感触がして、心は地面に倒れ込んだ。その衝撃の物がナイフである、と気づいた直後、再び別の場所に痛みが走った。
「ぐ……」
悲鳴を上げる事も、助けを呼ぶこともできず、目の前が真っ暗になっていくのがわかった。彼には五年前一度だけ会っている。心を殺しに来た時には、さして驚きはしない。なぜ、今更と思わないでもないが、それだけのことは、した。
多くの人を傷つけて苦しめてきた人生だった。もし、生まれ変わることができるなら、どんな人間になりたいだろうか……心にはわからない。
「ほ……み……こ……あ……」
最後に心の頭に浮かんだのは、目の前の男でも、彼が傷つけてきた人たちでもなくて、たった二人の……忘れられない子、だった。