其の漆 決行
次の日の朝、燕は鷹が牢屋から連れ出されるのを見かけた。
『 どうしたのだろう...』
「あの...」
燕は鷹を連れている家臣に見える男に声をかけた。
「...何でしょう。」
「その方を、どうするんですか?」
「雀様の命令により、別の場所に移動させるのです。こやつがどうかされましたか?」
「いえ、特には...、好奇心です。」
「そうですか。では...」
鷹が一瞬こちらを向き、少し笑んでからまた歩き出した。
もう、会えないのだろうか。
「...燕。」
「!はい、何でしょう。」
突然後ろから声をかけられ、体を震わせる。
雀と話すなどいつぶりだろうかと燕は思った。
「そこで何をしているの、こちらにいらっしゃい。」
「はい...。」
連れていかれる間、燕はずっと鷹の事を考えていた。
『 どうして突然、こんな事を...』
燕は、聞いてみずにはいられなかった。
「雀様...」
「何かしら?」
「あの囚人は、何故移動する事に?」
「...あなたは知らなくて良くってよ。」
「では、何処に行くのです?」
「...この都から出ていくことはないわ。」
「....そうですか。」
何も教えてくれない。
雀の顔は笑んではいたものの、声に怒気が含まれていたので、燕はこれ以上詮索するのをやめた。
着いたのは、分厚い扉のついた倉だった。
大きな南京錠も付いている。
扉を開けると、畳が敷かれており、布団もあって住もうと思えば住めそうな部屋だった。
「...下手人の部屋ですか?」
「いいえ、違うわ。」
「では、誰の...」
「あなたのよ!」
そう言って雀は燕を部屋へ突き飛ばした。
倒れた燕が起き上がって部屋を出ようとした時には扉が閉まり、外からがちゃり、と鍵をかける音がした。
『 嘘でしょう!?』
「雀様!雀様!お開け下さい!雀様、開けて!」
何度も名前を呼び、扉を叩く。
けれども返事はおろか、人の気配すらしない。
「雀様...っ」
さすがに喉が枯れ、燕は崩れ落ちた。
確かもうすぐ昼時である。
『 何故、こんな事を...』
燕は改めて部屋を見回した。
食べられそうな物は何も無い。
燕の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。
『 これでは、鷹に会いに行く事も出来ない...。雀様、一体どうしたのだろう。何か、深い訳があってのことに違いない。でなきゃこんな事する筈ないもの。...けれど...』
燕はよく思い出してみた。
『 転んで、起き上がった時に一瞬だけ見えた雀様のお顔は、笑っていた...。』
普通の者がすれば醜く映るその笑顔は、背筋が凍るほど恐ろしく、尚且、毒を持つ彼岸花が咲いたように美しかった。