其の陸 噂
「見たか、昼間のあの雀様のお顔を。」
「もちろんだとも。お美しかったなぁ。」
「ああ、とても。まるで赤い華が花弁を広げたようだった。」
「如何にも、まさしくそうだ。華が咲いたような、綺麗で、妖艶で、美しくて...」
「全くだ。」
「しかし、どうしてまたあんな美しいお顔でお笑いになったのか。」
「きっと我々には分からぬ趣深い何かがあったのだ。」
『雀様が...?』
燕が牢獄から戻ると、宮中の者達が話していた。
雀が笑った、というのがそんなにも珍しいのか。
『私には何度も笑いかけてくれたのだけど...』
そう思いつつ、その者達の隣を通り過ぎた。
_____その夜
星がひとつもない、闇に飲まれたような空だ。
「いらっしゃったのね。あんまり遅いから寝てしまおうと思ったのだけれど。」
「横になって頂いても、こちらとしては貴方の美しい寝顔が見られるのでどちらにしても好都合ですが?」
男が笑むと、雀も少し笑った。
「遠慮しておくわ。それで、何なの?私の願いを叶えるというのは、本当なんでしょうね」
「無論。これから、その方法と経緯をお教えします。まず__」
雀には信じられないような話で、耳を疑った。
しかし、この男の話が本当ならば、燕を思う存分苦しめることが出来るかもしれない。
だとしたら、やってみる価値はある。
「これが私の計画です。乗るか反るかは貴方様に委ねますが?」
「いいわ、やりましょう。それが一番の策だもの。少し、信じ難いけれど。」
「私が今お話した事は全て真実で御座います。どうか信頼して頂きたい」
「分かったわ。ただし...」
雀は男に詰め寄り、首筋に指を這わせた。
上目遣いに彼を見る。
「失敗した場合、あなたの首が無くなるわよ?」
「覚悟の上です。」
男は雀の手を取り、指に口付けた。
「...そういえば、名前を伺ってないのだけれど。」
雀は握られた手を離すと、指先を彼の唇に当てた。
男の口角が少し上がる。
「...白鷺と申します。」
「そう。覚えておかなきゃね。」
男は__もとい、白鷺は雀と唇を重ねようとしたが、拒まれた。
「兄様に恋焦がれているという噂は、本当なのですね。」
「さあ、どうかしらね。」
雀は答えなかった。
白鷺はそのまま部屋を出、自室へと歩を進めた。
雀は横になって、さっきの男の話を思い出していた。
『果たして、本当かしら...』
疑いつつも、もう辞めるわけには行かないので、重たくなった瞼を閉じた。
今夜はいい夢が見れそうである。