其の弐 帝
数日歩いて、鷹の事を風の噂で聞いた燕は、ひどく悲しんだ。
しかし、処罰を受けただけであって死んではいない、という考えに至り、気を持ち直した。
懐にはほんの僅かな金と、森で木の実や茸を取るための短刀のみ。
「......これからどうしよう」
屋台でものを食べるにも、金が足りない。
都に下りたために森もない。
一瞬、略奪をすれば鷹と一緒にいられるかもしれないと思ったが、すぐに振り払った。そんな事をすれば鷹を悲しませてしまう。
そんな事を考えているとき、目眩がした。
腹が減っては戦はできぬ。そもそも歩くこともままならない。
少々ふらついた後、とうとう倒れてしまった。
薄目を開けると、前に牛車が停り、人が降りてくるのが分かった。
「....鷹...」
そう言って燕は目を閉じた__
燕が目覚めたのは、それから数時間後。
立派な布団に寝かせられており、驚いた。
辺りを見渡すと、上等そうな着物、壺、陶器、骨董、畳、襖....
どれも目を惹くような美しいものばかりであった。
燕は夢かと思い自分の頬をつねったが、そうではないらしい。
すると、襖が開き、これまた高そうな着物を着た若い男が入ってきた。
「目は覚めたか。」
聞かれたが、燕は固まってしまって声が出なかった。
何故かと理由を問うまでもあるまい。
目の前にいるのは、なんと帝ではないか。
「おい、聞いておるだろう。大丈夫なのか。」
「あっ、あの、その、....はい、多分、もう歩けるかと....」
初めて見る帝に動揺し、つまりつまりで言った。
「そうか。それは良かったのう。して、その方....」
「はい...」
「その方は、どんな男が好きじゃ?」
「.......え?」
いきなりの質問に驚き、そして赤面してしまった。
どんな男が好きかなど、決まっている。しかし、その人は今捕らえられていて、その名前を出せば自分もきっと牢屋行きだ。
「...龍を愛する人です」
そう答えると、帝は少し考える仕草をして、
「.....そんな事を言う女子は初めてじゃのう...しかし...」
そんな事をぶつぶつ言って、もう一度燕を見、
「その方、わしの家臣となれ。」
「.....は...」
またいきなりで驚いた。なんなのだこの人は。
しかし.....、と燕は思った。
ここに住めば腹が減ることもなく、金も稼ぐ事ができる。
それに、うまくやれば鷹の事を聞き出し、さらにうまくやれば会えるかもしれない。
「....分かりました。」
承諾すると、帝は満足したように驚いた。
これでいい、鷹の事を少しでも聞き出すのだ、と燕は決めた。
しかし、これから起こる決して歴史に残ることのない戦を、燕はまだ知らない。