其の壱 始まり
時は平安。
誰も知らぬ森に社が一件。
住むは若き住職とたった一人の巫女のみ。
そこらを歩く犬は野良である。
社の後ろには妖しき森。
前には人一人通れるほどの参道と、申し訳程度の畑。
見るからに貧しいようだ。
住職の名は鷹、巫女は燕といった。
或日のことである。
鷹は茸や獣の肉を買うために___鷹は住職であって摂政は禁じられている___都へ下りた。
燕は留守中、社の周りの掃除をしていた。
ふと、燕が掃除を終え、汗を拭うと、森から此の世のものとは思えぬ様な音が聞こえた。
見上げると、そこには長い髭を持った、それは美しい青い色をした__
燕は恐ろしくなって、山を駆け下りた。
都に行けば鷹に会える、怪物をどうにかしてくれるとそう思ったのだ。
あまりに急いでいた燕は、社に戻ろうとして山道を歩いていた鷹にぶつかってしまった。
「鷹、社に怪物が!社に怪物が!」
「怪物...?そこにいる、水龍のことか?」
「.....?」
燕は鷹が怪物の名を知っている事に驚いた。
そして、鷹が指さす方向には、確かに先程の怪物がいた。
その姿は本当に美しく、細長い体は透き通った空色で、頭には小さな角が生えていた。
鷹はその体に触れ、微笑んだ。
「水龍は、社の後ろの森の奥にある、湧き水から生まれたんだ。その湧き水といえば、この体のように美しく透き通っている。」
そう話した鷹の、住職であるにもかかわらず毛を剃っていない頭を、水龍が甘噛みした。
燕は一瞬恐ろしくなったが、鷹の穏やかな表情を見て安堵した。
「龍は恐ろしくなんてないさ。優しく、気高い。そして他の何より美しい。」
そう鷹が言った時、水龍が悲鳴を上げた。
鷹が驚いて水龍を見ると、乗れそうな背に矢が刺さっていた
飛んできたと思われる方向には、侍がいた。
鷹は怒って、その侍に飛び掛った。
燕は、鷹が怒った姿を始めてみた。
数分後、血を浴びた鷹を見た燕は、身を固めた。
侍は殺してしまった様だ。
「燕、逃げろ。俺が捕らえられる前に。」
「...嫌だ。鷹が捕まるなら私も一緒に行く!だって私....」
貴方にまだ何も伝えてない__そう言おうとして飲み込んだ。
鷹が、悲しそうに目を伏せた。
「頼む、燕....逃げてくれ!」
燕は水龍を一度社に運び、鍵をかけ、それから山を下りた。
下りる時にはもう鷹の姿はなかった。
その後、瓦版で、住職の男が捕らえられ、処罰を受けた事が伝えられた。