キノ娘の森
世の中とは不思議なもので、科学だけでは説明できない現象や生き物で溢れている。
そう、例えばこの目の前にいる小さなキノコの娘 のように。
「お兄さん。どうかしましたか?」
橙色と赤色が綺麗に溶ける着物を身に付け、小さな顔に快活な丸い目をくりくりさせて娘は聞いてくる。
森の調査に来て早々の出会いである。驚く事に、声を掛けてきたのは娘の方であった。私の身の丈と比べ昔話にある一寸法師そのものの大きさである娘は物怖じする様子がない。
「お兄さん?」
答えない私にムッとした顔をする。調査の対象であるキノコ娘を怒らせるわけにはいかない。
「ああ、すまない。君が可愛かったから、みとれていた。」
「まぁ!お世辞はいらないわ。」
照れたのか、顔を真っ赤にして娘が怒る。ちゃかしを入れたのは確かだが、娘の反応は子供らしく可愛い。
「自己紹介がまだだったね。私の名前は樹柳清吾。君達、キノコの娘と人の交流を目的とした事前調査に来たんだ。」
「私は龍谷雛紅。よろしくね、清吾お兄さん。」
お兄さんと付けられるのはなんともむず痒い。想像以上に友好的であるのが意外であった。
「ねぇお兄さん。事前調査ってなぁに?何をするの?」
「そうだね、例えば君が人に抱いている印象や、君達が持つ文化を調べて国に報告するんだ。」
実の所、彼女のようなキノコの娘の目撃証言が国に相次いで寄せられ人に害があるかどうか調べるよう言い渡されたのが本当だ。しかし、馬鹿正直に言うわけにはいかないので建前も用意されている。
「国?」
「そう、見たことはないかい?人の国を。」
「ないわ。それって森の外でしょう?」
近くにある倒木に腰を降ろす。こんなに早く話が聞けるのは幸先がいい。
「もちろんだよ。人が暮らすには平地が適しているからね。」
「森の外は危険だってみんな言うから出たことないの。地面もカラカラに乾いて、大きな木もないんでしょう。湿っている所じゃないと嫌よ。」
やはり湿気は大事らしい。人の姿をしているが、キノコの生態の方が近いのかもしれない。
「森の外に興味はないと?」
メモ帳とペンを取り出し、名前や特徴を書いていく。
「興味がないなんて……よろしければ教えて欲しいわ。外の事。」
はにかむ雛紅は人懐こく私の膝上に乗ってきた。人への警戒心が薄いらしい。私は人の街の事を中心にして話す。
「お兄さんのような人がたくさんいるの?」
「少なくとも6人はいるな。」
調査機関の同僚の人数である。
「それに街に出れば似たような人々が列を作る蟻のように沢山いるよ。」
「すごいのね。その街っていうのを見てみたいわ。」
例えはうまく伝わったよう……
「蟻塚みたいな“家”が立ち並んで、女王蟻のような人もいるんでしょ?」
蟻のコロニーの印象を持たれてしまった……。
「石造りの四角い家で蟻塚とは似ても似つかないよ。女王自体いないし。」
女王のような人が親戚の家にはいるらしいが、聞きたくなくて逃げたので真相は不明だ。
「石で出来た家ってどんなのかしら。ネズミや小鳥の作るものとは全然違うのでしょうね。」
顔に手を当て雛紅は考える仕草をする。彼女らは一体どんな家に住んでいるのだろうか。
「雛紅ちゃんの家はどんなものなんだい?」
「あら、私は家なんかないわ。必要ないもの。」
思わず雛紅の顔をマジマジと見つめるが嘘を言っている様子はない。
「寝るときとか大変なんじゃないか?」
「心配ご無用。苔の生えた倒木があれば充分よ。でもそうね、大きい体のキノコは家のようなものを作ってたわ。体が大きいのって不便ね。それに木から降りて来ない子もいるし。」
キノコの娘は個々によって生活形態が大きく異なっているようだ。木から降りて来ない子もいるとは、活動範囲がかなり狭いのだろうか。
「熊とか、狐といった捕食動物は怖くないのかい。家みたいに隠れる場所があれば安心できそうだけど。」
「なんで?」
「なんでって……、食べようと襲ってくるだろう。」
「そんなこと滅多にないわ。みんな避けるもの。」
「それはまた……、不思議だね。」
こんなに可愛いのに。人懐っこさからも無防備で、もしかして毒でも持っているのかと怪しんでいた所だ。
「食毒不明でお腹の足しにならないのに誰が食うかって言われたわ。失礼よね。」
「あー……。」
納得してしまった私に、紅をさす頬を更に赤くしてキノコの娘は怒ってしまった。
Memo
リュウコクヒナコ
・赤からオレンジのグラデーションを掛けた和装を身に付けている。小柄で友好的。
・文明的生活はせずキノコの生態が主体のようだ。
・毒があるかは不明のため、扱いは慎重にした方が無難である。
・話している内容からキノコの娘同士の交流はある模様。
・街に出没するキノコの娘について聞くも心当たりはないとのこと。更なる調査が必要だ。