何でもうけたまわります
「何でもうけたまわります」
続けざまの不幸で、私は生きていく気力を無くしたまま、消沈した気分で、公園のベンチに座っていた。
すると、隣のスペースに黒スーツの男が座り、
「何でもうけたまわります。あなたのベストなご希望をお聞かせください」
「何でもいいのか」とたずねると、男は穏やかな笑みを見せながら、
「何でもどうぞ、ご自由に」
と答えた。
「死にたい」
と答えると、
「どのように?」
これには困り、「痛くない方法」と答えた。
男はスーツケースをごそごそ広げ、勿論私には見られないようにして、その中からパンフレットを取り出した。
「これなどいかがでしょうか? アフターサービスもついております」
見ると、温泉旅行のパンフレットだった。
「温泉にいくつもりはないんだけど……」
「そういうことではなくて、温泉に浸かりながら睡眠死などは? アフターサービスもついております」
「アフターサービス?」
「死に顔を写真に撮るという奴です。ほら、修学旅行やらツアー旅行なんかで、名所の真ん前で写真を撮るでしょう?」
「なに? 死ぬのに他人がついてくるの? そんなのはいやよ」
「でも人気がありますよ。残されたかたたちも喜ばれるし」
私は正直に告げた。
「私の両親はこのあいだ、ジャカルタ経由の飛行機事故で死んでるんです」
男の張り付いた笑みは、少しも動かず、仮面を被っているようだった。
「それはご愁傷様で。それでしたらこれなどはどうです。道連れと共に睡眠死など」
「道連れってだれよ?」
「一人で死にたくない男性と、あの世でデートするプランです」
「あいにく私は結婚したばかりで、これも新婚生活三カ月で、夫はガンで死んじゃったし、せっかくできた赤ちゃんも流産するし、もう私のことなんか放っておいてくれないかしら」
「それならあなたにベストな死に方がございます」
「なによ」
「ホテルのスイートルームのベッドのうえで、薔薇に敷き詰められての睡眠死です」
私はだんだんあほらしくなって来て、立ち上がり家に帰ることにした。
「お客様! 一度食いついたら私共は決して離れませんよ!」
男が背後でほざいている。勝手にしろと振り向くと、男は黒装束に巨大な鎌をもつ死に神へと変身していた。
どうやら、近々私も死ぬ運命にあるようだ。
せっかくばかばかしくともうんざりしていたとしても、人生を送るつもりになったのに。