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09.留守番

誰もいない家で、ジェシカは食卓の上に置かれた一枚の置き手紙を腕を組んで睨んでいた。


建国記念日だという今日は、土日も合わせて三連休である。当然、ジェシカの学校も休みなのだが、チャールズと買い物にでも行こうと思って早起きをしてみれば、彼はとっくの昔に出掛けた後だった。食卓の上には、父であるチャールズが書いた置き手紙が一枚置いてあっただけだ。


あまり綺麗とは言い難いが、読めない事もない筆跡で淡々と要件だけが書かれている。内容はこうだ。


『――ジェシカへ。仕事でしばらく家を空ける。三連休は、隣のラスキン夫人と一緒に、何番目かの息子のところに遊びに行きなさい。話はつけてある。十時にはその息子が迎えに来るらしい、言うことを良く聞いて大人しくしているように。――チャールズ』


「勝手に決めないでよ!わたし、行くなんて一言も言ってないんだから。それに、いつ帰ってくるのか大切な事を書いてないじゃない」


そう叫ぶと何かの紙切れの裏を使ったような、歪な形の置き手紙をくしゃくしゃと丸めて部屋の隅にあるごみ箱へと投げつけた。

そのごみくずは、真っ直ぐにごみ箱に向かっていき、木で作られた縁を沿って円を描き、ジェシカの文句と共に見事にごみ箱の中に入った。


そのごみの行方を見つめていたジェシカは、いささか不機嫌そうに溜め息を零して、居間にある唯一の時計を見上げた。時刻は午前八時を刻んでいる。迎えが来るという時刻まで、まだまだ時間がある。


とりあえず、朝ご飯にしようと彼女は踵を返した。


簡単な食事を済ませたジェシカは、陶器で作られた空の食器を流しに持って行きながら、うーんと唸った。あと少しすれば、お隣のラスキン夫人が迎えにやってくるという時刻で、まるで難しい難問を考えているように愛らしいその顔の眉間にしわを作り、天井を見上げて考え事をしている。


彼女を悩ませているのは、どうやったらラスキン夫人の息子殿と一緒に行かなくて済むかということだ。


つまりのところ、彼女はどうしても行きたくないのだ。なぜなら、せっかくの連休を知らない人達に囲まれて過ごすなど、はっきり言って疲れる。彼女達が嫌いではないのだ。そうまでして出掛けるよりも、住み慣れたこの家で一人ゆっくりしたいというのが、年頃の女の子の素直な意見だ。けれど、過保護な父が頼んだラスキン夫人は、何が何でも彼女を連れて行くだろう。…仮病をつけば病院に、宿題があると言えば向こうでやればいいと言うだろう。わずか十一歳の少女に、教師であった人物を説得するには些か不可能である。


食器を流しに重ねて置くと、ジェシカは今日一番の大きな溜め息をついた。行く気になれないという理由もあるが、もう一つ彼女には家に居なければいけない理由があった。だから、出掛ける準備も全くしていない。…さて、どうやって切り抜けようか。そんなことをぐるぐると考えていた時、玄関の扉を叩く音が聞こえた。


時刻を確認すれば、迎えに来ると書かれていた時刻よりもまだ三十分ほど余裕があった。随分とお早いお着きである。


のろのろと気が乗らないという風に廊下を歩き、玄関を開けた。


「…はい」


ゆっくりと扉を開けて見上げると、つばの広い帽子を被ったお隣のラスキン夫人が珍しく軽装姿で佇んでいた。


「ジェシカや、準備は出来たかい?おや、なんだい格好は。チャールズから出掛けると聞いてただろうに」


外に出掛けるには少々不格好な部屋着を見て、ラスキン夫人は眉をひそめた。直ぐに着替えてくるようにと言い放つラスキン夫人の剣幕に、出鼻を挫かれてうろたえる中で、のんびりとした声が夫人の背後から掛けられた。


「…母さん、どうしたの?」


家の前に寄せられた小型の車の近くにいたようで、ゆっくりと数段の階段を上がって来て首を傾げた。


「その子がジェシカちゃん?はじめまして、息子のジョーです」


そう言って差し出された手を握りながら、ジェシカもにこっと笑って挨拶をした。


「ジェシカです、はじめまして」


「チャールズの愛娘か…あの魔法使いの娘っていうから、一回会ってみたいと思ってたんだ。しかし、母さんが言うとおり、可愛い子じゃないか。チャールズにも娘がいたなんて衝撃的だなぁ」


おっとりとそう言った彼は、母譲りの鮮やかな赤色の瞳を細めて笑った。髪は父親譲りなのか、濃い灰色のまとまりのない癖毛で寝癖が酷くついたままだ。


「で、何がどうしたの?」


彼女の長男は少し離れた市内に住むと聞いたことがあるから、彼は二番目か三番目の息子なのだろう、宥めるように母に尋ねる姿はあまりに似ていないように見えるが、顔つきはやはりどことなく似ていた。


「…出掛けるとチャールズから聞いているはずなのに、ちっとも段取りをしていないんだよ」


鼻息荒く怒る母をまあまあと宥めてから、ジェシカに説明を求めるように促した。優しい視線にほっと息を付いて、たどたどしく説明した。


「あの、お父さまからは出掛けるなんて聞いてなくて…。それに、友達が貸していた教科書を返してくれる予定なの。週明けに授業で使うから、どうしても家にいないと」


本人の口から直接は聞いていないから、嘘ではない。置き手紙のことはおいておいて、見なかったことにしよう。それに、友達に教科書を貸しているのも本当のことだ。尋ねてくるのは彼女がでっち上げた嘘だが、週明けの朝にアリスから教科書は返してもらう予定だった。


「…あらまぁ、チャールズからそんなことを聞いてなかった!言ってくれれば良かったのに、あの子ったら」


「どこか抜けてるチャールズらしいよね」


憤慨する夫人とくすくすと笑うジョーを眺めて、ジェシカは心を占めたほんの少し罪悪感で決まり悪そうに笑った。


まるっきり嘘ではないが、本当のことでもないことを言ったジェシカも悪い。しかし、勝手に出掛ける彼女の予定を決めたチャールズも悪いのだから…おあいこであろう。


「…仕方ないね、勝手に決めた僕達も悪いんだから。だけど困ったなぁ、チャールズには僕の家で連休、君を預かることになってるんだけど」


弱ったと声を上げるジョーに、すかさずジェシカが主張した。


「わたし、一人で留守番出来る」


「だめですよ、女の子が一人で留守番だなんて」


元気よく言った言葉に、夫人がとんでもないと声を上げた。


「大丈夫よ」


「何かあったらどうするんです。チャールズだって、あなたが一人で留守番をしていると知ったら心配しますよ」


うっと言葉に詰まるジェシカだが、ここは譲れないと首を横に振った。その様子を静かに眺めていたジョーが、のんびりとした声をあげた。


「いいんじゃない?留守番をさせてあげようよ」


その言葉に、ジェシカが嬉しそうに顔をあげ、夫人が眉をひそめた。


「ジョー」


咎めるような母の声に肩をすくめた彼は、だってと言葉を続けた。


「確かに、まだ子供だけど彼女だって一人で留守番が出来ないほど小さくない。僕達だって、彼女ぐらいの歳には一人で留守番してたよ」


「それとこれとは話が…」


「そうだけど、彼女にも予定があるというし。エドマンドにも電報を打てばいいんじゃない?彼なら暇を見つけて様子を見に来てくれるよ」


「でも…」


よく知った人物の名前が出たことで、少し考えを変えそうになった夫人だが、自分も残ろうかと呟いた。


「孫達の顔を見たくないの?それならそれで、僕はいいけど」


かまわないと言う息子だが、やはりあまり逢えない孫達の顔を見るのは捨てがたいらしく、ふぅと溜め息をついて腰をかがめた。


「エドマンドに様子を見てくれるように頼みますからね、お友達以外は絶対に開けてはいけませんよ」


にっこりと首を縦に振り、ジョーにありがとうと今日一番の笑顔を向けた。ジョーも、日焼けした顔によく似合う白い歯を覗かせて笑うと親指を立てて片目を瞑ってみせた。


火の元には気をつけるようにと何度も言う母を促して、ジョーが車にせき立てた。そうしなければ、いつまで経っても彼女はその場を動こうとしなかったから。


見送りはいいと言う二人の言葉に素直に従い、ジェシカは重い玄関扉を閉めて鍵を掛けた。


思わず飛び跳ねたくなる気持ちを抑えて、金色の髪をなびかせて居間へと向かった。


初めての留守番で、まず彼女が取りかかったのは、少し溜まっていた食器の片付けだった。

綺麗に布で食器を拭いて重ねるが、元あった場所に戻すのは身長が足りないので、流しの横にある空間に並べておいた。食卓の上にある新聞やお菓子を片付け、粗方綺麗になった居間を見てよしっと呟いた。


「ほうきは…」


掃除はあまり好きではないチャールズは、魔法で片付ければいいとの考えのようで、めったに掃除をしない。しかし、だからと言って物凄く汚いという訳でもなく、生活をしていれば、このぐらいの散らかりようは当たり前と納得出来るほどだ。

ジェシカは、床に散らばるゴミを掃くべく、階段下にある物置へと向かった。さほど大きくない扉を開けば、隙間なく詰め込まれた思い出の品が姿を現した。ここに詰め込まれてあるものは、現在ジェシカの部屋となっている階段を上がってすぐの部屋にあった物ばかりで、チャールズの私物とジェシカの幼い頃に使っていた生活雑貨が大半だ。埃を被る品々を掻き分けてほうきを手に取ったジェシカは、その反動で足元に落ちてきた一枚の写真を拾い上げて首を傾げた。


「なんだろ、これ」


それは、やや年老いた女性と若い青年が写る色あせた古い写真だった。殺風景な背景を背に、女性が背もたれのある木椅子に腰掛け、青年がその斜め後ろに佇んでいる。

古ぼけたその写真を眺めていたジェシカは、そっと埃を払って呟いた。


「えっと、お父さま?じゃあ、こっちはおばあ様、かな…」


写真に写るまだ若い青年は、今ほど髪は長くはなく、髪を整えて真新しそうな外套をまとう姿は、ジェシカがよく知るチャールズそのものだ。椅子の背に左手を添えて、珍しく微笑んでいる。暗褐色の写真のために色の判別はつかないが、長い髪を三つ編みに結んで右に流している年配の女性は、チャールズと雰囲気が良く似ていた。それこそ髪と瞳の色は彼女から受け継いだのだろうと察することが出来たほど。


写真嫌いだと聞いていたから、さぞかし気難しい人だろうと想像していたジェシカは、嬉しそうに微笑む彼女を見て、思わずつられて笑った。写真を取った人物がさほど上手かったのか、二人は良く似た微笑みをジェシカに向けていた。


そんな写真を手に後ろを向くと廊下に掛かっている小さな鏡に目が止まった。丸い鏡に移る癖のない金色の髪と大きな茶色の瞳を持つ少女に、写真の二人と似ているところなど一つもなかった。この間、同級生が言った言葉が不意に頭を過ぎった。


『ジェシカちゃんって、ジェシカちゃんのパパと全然似てないよね』


その何気ない言葉に、ジェシカは少なからず傷ついた。彼女も薄々気づいてはいたが、はっきり面と向かって言われれば、やはり傷つくというもの。


そこで、エドマンドになぜ自分と父は似ていないのかと尋ねた。すると『そういう親子もいるよ』と彼は苦笑して言った。そう、どんなに聞いても、絶対に母親似だとは言わないのだ。

チャールズにも尋ねたが、母親のことになると困ったように言葉を濁した。

その理由はわからない。けれど、二人は自分に何か隠していることがあるとジェシカは薄々気づいていた。


「あっ。いけない、掃除をしなくっちゃ」


首を捻って物思いにふけっていたジェシカだったが、慌てたように居間へと戻って行った。


実を言うと明日は、チャールズの誕生日だ。自分の歳さえ普段忘れていて、もちろん誕生日も覚えていない彼のために、部屋を飾って煮込み料理を作り、驚かせてあげようとジェシカは画策していた。


居間を綺麗に掃除した後は、エドマンドと近所の人達に貰ったぬいぐるみ達で溢れる自分の部屋を綺麗に整頓し、お次にチャールズの寝室にやってきた。


寝台の上には書類や本、脱ぎっぱなしの衣類が散乱し、相変わらずの散らかりようである。ちょうど、敷布の上に蓋をしていない万年筆が転がり、転々と黒い染みを作っていた。書斎として使おうとしていた部屋をジェシカに明け渡したために、書き物をする際には居間か寝室の二択に迫られるのは仕方ないとして、鉛筆や鋏までも目の前に広がる散らかりように、ジェシカは小さな溜め息を零して掃除に取りかかった。


結局、夕方近くまでかかった掃除を終えて、ジェシカはせっせっと居間で何やら工作に勤しんでいる。


「よし、出来た!」


綺麗文字にくり抜かれた模造紙に色を塗って壁に貼り付けたジェシカは、満足げに居間を見渡して頷いた。彩り豊かに飾り立てられた居間には、『お誕生日おめでとう』とでかでかと文字が張り付けてあり、人形ひとがたなどにくり抜かれた模造紙も居間を賑やかにしていた。


「今日はここまで」


続きは明日すればいい、そう言って居間の明かりを消して、寝室へと向かった。


主がいない寂しい寝室。自分の枕を手に寝間着に着替えたジェシカは、いそいそとチャールズの寝台に潜り込んで毛布を引っ張り上げた。


一人で留守番出来ると言っても、やはりまだまだ子供。小さな頃に一緒に寝ていた名残からか、時たまこうしてチャールズの寝台に潜り込むことがある。

ジェシカは、心細さを埋めるように顔をうずめて毛布を握りしめた。


翌朝、朝食を済ませて、台所に向かい合っているジェシカの姿があった。小さな踏み台を使って包丁を手に人参を切っている。ちなみに言えば、すでに両手鍋の中にある肉は真っ黒で、鍋も焦げて真っ黒である。


小さなうなり声を上げながら、眉間にしわを寄せ、大小まちまちの野菜を鍋に入れて水と調味料、牛乳を入れ、蓋をしてジェシカは首を傾げた。


「これでいいのよね…?」


何か忘れているような気がすると呟きながら、食卓で宿題の片付けに没頭した。

どっぷりと日も暮れた頃、玄関の扉が勢い良く開かれた。


「…ジェシカ!ジェシカ、どこにいる?」


「お父さま?」


切羽詰まった、まるで途方に暮れたような、いつものチャールズらしからぬその声に、ジェシカは宿題をほっぽりだして一体何事かと居間から顔を覗かせた。


「ジェシカっ!」


きょろきょろ辺りを見渡していたチャールズは、ジェシカの姿を見つけるやいなや、小走りで駆けて行き、ぎゅっと抱きしめた。


「どうしたの?」


彼がまとう砂っぽい外套の中に匿われて、身動きが思うように取れない中、もぞもぞと顔を動かしてチャールズを見やった。


「どうしたのじゃない。どうして、マリーばあさんと一緒にジョーの家に行かなかったんだ!?エドマンドから、ジェシカが一人で留守番をしていると連絡があって…心配で心配で」


もう、気がどうにかなりそうだったと続けたチャールズは、珍しく言葉多様だ。そんなチャールズに、ジェシカは彼の腕から抜け出して、憤慨したように言った。


「あら、一人で留守番ぐらい出来るわ!わたし、もう十一だもの。お父さまは、わたしを一体いくつだと思ってるの?」


「うっ、だが…」


狼狽えるチャールズに、彼女はさらに言葉を繋げた。


「だいたい、お父さまが悪いわ。わたしに断りもなく、ラスキンさんと一緒にどこかに行く約束をしたんだもの。わたしにだって、予定っていうものがあるんだから!」


「すまない…」


あまりの剣幕に、チャールズはうなだれて小さく謝った。その姿を眺めて笑うと、ジェシカは頬を膨らませておどけたように言った。


「わたしに黙って出掛けるんだもの、誰だって置いてけぼりにされたら怒るでしょう?…もうしないでね」


無言で頷いたチャールズに納得して笑顔を向け、まとわりつくようにチャールズの腕に自身の腕を絡ませて促した。


「今日は誕生日でしょう?お父さまが大好きな煮込み料理を作ったの!」


「誕生日?」


誰のだろうかと首を傾げるチャールズをやっぱり忘れていたのだなと小さく笑って、腕を引っ張った。


「いいから見て!早くっ」


よろよろと歩く父を居間まで連れて行くと、どうだと言わんばかりに居間の飾りを見せた。思いも寄らぬ部屋の変わりように、呆気に取られるチャールズを食卓につかせ、料理を温めなおしている内に宿題片付けた。


目の前に置かれた彼女の心のこもった手料理を見て、信じられないと彼女を見やった。


「ジェシカが、作ったのか…?」


「そうよ。ね、食べて!」


匙を手渡し、やや急かすように促されたチャールズは、意を決したように得体の知れない料理を口にした。


「どう?」


チャールズの視線の先、殆ど汁が残っていない皿の中には、大小様々な野菜が顔を出し、大きな肉の塊が真っ黒になって盛られている。口を閉じて顎を動かすチャールズの口の中からは、煮込んである料理とは到底思えない音が盛大に聞こえている。野菜には火が通っていないのであろう…つまり生である。


「なかなか…個性的な」


もごもごと感想を伝えるチャールズだが、顔は少々険しい。ジェシカは首を傾げて、自身の前に置かれた料理を口にした。


「う、火が通ってない…」


うえっと吐き出しそうになるのをこらえ、涙目で飲み込んだ。


「ちゃんと煮込んだのに…」


確かに、彼女は時間を掛けて煮込んでいた。しかし、火が強すぎたために水分が飛び、慌てて火を止めたので、野菜はほとんど火が通っていなかったのだ。料理を初めてする少女には、すべてにおいて難易度が高かったのだろう。


しゅんとうなだれるジェシカの頭を優しく撫でて、チャールズが言った。


「だが、一生懸命作ってくれたのだろう?…ありがとう、ジェシカ。その気持ちだけで充分だ」


嬉しそうに笑う父を見て、照れくさそうに笑い、ジェシカは椅子を降りてチャールズに抱きついた。抱きかかえるには、少々大きい娘を抱いて、チャールズが静かに言った。


「また今度、ちゃんとした煮込み料理を一緒に作ろう。ばあさまの煮込み料理は難しいからな。…明日は買い物にでも一緒に出掛けるか」


「明日はお父さま、お家にいるの!?」


ぱっと表情を明るくして、チャールズを見上げた娘に頷くと彼女は心底嬉しそうにやったぁと声を上げた。


「あ、そうだ。掃除をしてたら、物置からおばあさまの写真が出てきたの。これ、お父さまよね?」


思い出したとばかりに、ずっと部屋着についた物入れに入れたままの写真を取り出して、チャールズに見せた。彼は写真を手にとって見るとあぁ、と声を漏らした。


「物置にあったのか…通りで探してもないわけだ」


懐かしそうに写真を見やるチャールズを眺めながら、ジェシカが責めるように言った。


「そんなに大事な写真なら、ちゃんとしまっておかなくちゃ。…埃だらけだったわ。それに、物置がもう使わない物でいっぱいだった、要らないものは捨てなくちゃ」


あの中にある物は、ほとんど自分が幼い頃に使っていた物ばかりだ。必要ないだろうと意見する娘に、チャールズは静かに首を振って否定した。


「…要らないものなんてない」


金色の瞳に見つめられ、えへへと照れくさそうに笑ったジェシカは、そそくさと台所に走って行って言った。


「お父さま、果物好きでしょう?わたしが切ってあげる!」


両手に果物を抱えてはしゃぐ彼女を見ながら、チャールズは穏やかに微笑んで頷いた。


大好きな父に嬉しそうに、話を聞かせる娘とその様子を暖かい眼差しで見つめる父親。


それは、永遠に続くと思われた幸福な時間。けれど、その関係が脆くて呆気なく崩れるものであったなど、この時の二人は予想もしていなかっただろう。――そう、あの来客があるまでは。


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