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淋しい世界に星が降る。  作者: シュレディンガーの羊
本編。
7/17

06。  廊下。


田口は中学校からの知り合いだ。

と言っても、別段親しかった訳でもなく、2年の時一度、同じクラスになっただけ。

だから、田口が同じクラスなのは知っていたけれど、話したことはなかった。


「とーむーらぁ」


可愛らしい声が後ろから聞こえた、と思ったら背中にタックルをかまされた。


「うげっ」


不覚にも蛙が潰された様な声を、出してしまう。

両手をついたので、不様に倒れなくてすんだ。

正直に言う。

かなり痛い。


「田口……?」


掃除前の廊下は、ひどく埃っぽい。

軽く咳込んで、田口を見上げる。


「そ。よくできました」


花丸――田口は満面の笑みで俺に手を差し出す。

数秒後、立ち上がるのに手を貸してくれたのだと理解する。

女子に助けおこされるのは、男子として格好がつかないので本来なら遠慮したいが、田口の厚意を無下にするのも気が引けた。


「ありがと」


差し出された手を握り、立ち上がる。

ズボンについた埃を、払おうと右手を――


「……田口、手ぇ放してくんない?」

「あの噂は本当だったのね」


田口は俺の手を握りしめたまま、ぽつりと呟いた。


「噂ぁ?」

「そ。外村が変わったって話」

「そんな噂、あんのかよ」

「うん。だから、付き合わない?」

「は?」


付き合う?何処に?


「そう何度も言わせないでよ。恥ずかしいでしょ」


はてな顔の俺に、田口は手を離し、人差し指を振ってみせる。

全然、恥ずかしがってない。


「彼氏になって欲しいなって言ってるの」

「は?俺が田口の?」


なんでそうなる。


「外村の顔はずっと好みだったんだけど、一人が好きって顔してんだもん」


今は違うね――笑った顔に、誰かがデジャヴュする。

あの笑顔が。


「ごめん、田口」


でも、田口は違う。

あいつじゃない。


「理由は?」


静かで簡潔な問い。

澄んだ目が俺を見据える。


「俺、高校生になって、大切なものが増えたんだ。無くしたくないし、前みたいにも戻れない。自分の周りのこと、もっと大切にしたい」


言葉を選んでそれだけ言う。

もう、無関心の無関係は嫌だ。

どうでもいいなんて、投げ出さない。


「俺は田口のこと、よく知らない。今まで知ろうとも、しなかったから」


他でもない自分自身のことも、知らないふりで逃げた。


「でも、田口のこと知りたいと思う。だから、友達になりたい」


差し出した手。

誰かに関わる為に、手を伸ばすこと。

色んな人に教えてもらった。


「外村、あんた真面目すぎる」


田口が額に手を当てて、ため息をついた。


「友達から始めましょうとか」

「駄目なのか?」

「駄目じゃないけど」

「いいじゃんか。俺が好きな訳じゃないんだし」


田口が目を瞬く。


「ばれてた?」

「好きとは言わなかったし」

「そっかぁ」


田口は苦笑して、俺の手を握らず、パシリっと叩いた。

それがなんとなく嬉しくて、笑って言った。


「でも、ちょっと嬉しかった」

「なっ、何それっ」

「必要とされたみたいで、さ」


ぢゃ、また――片手を上げて、田口の横を通り過ぎる。


「でも、もし私が本気で告ってたら?」


囁かれた声は、あまりにも静かだった。


「そうやって曖昧にごまかせないよ」


俺は沈黙を守って、振り返らなかった。

田口の声が背中に刺さる。


「外村、それは優しさじゃないよ」


俺は振り返れなかった。




誰かを大切にしたいと思うほど、大事なものが増えるほど、動けなくなる。

大切にするのは、いつだって難しい。

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