05。 中庭。
昼休みの中庭で朝比奈を見つけた。
「何でこんな所で、鼻血出して寝てんの?」
仰向けに寝ているのを、見下ろして尋ねてみる。
「……誰、お前」
「同じクラスの外村」
数秒、記憶を漁ったのか朝比奈は黙り込み、眉間にシワを寄せる。
「知らねぇ」
「そう、残念」
肩を竦めて、隣に座る。
朝比奈は一瞬、驚きを表し、それから俺を鬱陶しげに見た。
「何、お前」
「だから、外村だって」
「そうじゃねぇよ」
足を使って、朝比奈が体を起こす。
「俺に何か用でもあんのかって、聞いてんだよ」
「特に」
「じゃあ、何で隣、座んだよ」
そう言われて、あぁと思う。
松澤もあの日俺の向かいに座った時、こんな気持ちだったんだ。
「話したいなと思って」
「はぁ?」
「朝比奈と話した事、なかったし」
「……お前、ナメてんのか」
正直に言うと、睨まれた。
自嘲するように、朝比奈は嗤った。
「俺、不良なんだぜ?関わったら、ろくなことになんねぇんだよ」
「俺が朝比奈と話そうとするのに、それがなんか関係あんの?」
そう言い切った俺に朝比奈が絶句する。
そんな中、5限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「ほら、これで俺も不良」
「……勝手にしろ」
おどけてみせると、舌打ちされた。
「それって喧嘩?」
固まり始めた鼻血の跡を、指差す。
途端に面倒臭いと云う顔をされた。
「喧嘩しちゃ悪いか」
「別に」
「どいつもこいつも」
悪態をついて、朝比奈が口を開く。
「好奇心とか、正義感で首突っ込みやがる。俺の事なんてどうでもいいくせに」
「ねぇ、喧嘩してて楽しい?」
「はぁ?」
我ながら、脈絡ない質問だと思う。
でも、聞きたくなった。
「だって、殴られたら痛いし、殴ったら痛いじゃん」
いいことなんてあんの?――まっすぐ視線を合わせて、問いを重ねる。
朝比奈は、目を逸らしてから呟いた。
「そんなこと、考えたことすらねぇや」
「なんで?」
「聞かれたことねぇからよ」
ふっと、朝比奈が表情を緩める。
「ただ」
「ただ?」
途中で口をつぐんだ朝比奈を促す。
「喧嘩してる間は、みんな忘れられんだよな。頭ン中、真っ白にできる。空っぽにでもしてねぇと、いつか窒息して死んじまう。まっすぐに生きれるほど、こっちは人間できてねぇんだよ」
早口に朝比奈はそう吐き捨てた。
わかるような気もしたし、わからないような気もした。
「でも、淋しくない?」
「はぁ?」
心底わからないと云う顔に、ぽつりぽつりと言葉を零す。
「最近まで俺、淋しさなんてしょうがないと思ってた。でも、この頃は違うって思えてきた」
無意識に空を見上げて、あの日は綺麗な月夜だったなと思う。
「一人じゃ、わからなかった事が確かにあるんだ。淋しくても、誰かが隣にいると嬉しくなる。笑い合えたら、楽しい」
だから――朝比奈に向き直って言う。
目の中の光が揺れる。
「俺、朝比奈の笑った顔が見たい」
勢いに乗せられて、俺はついそう口に出していた。
朝比奈はぽかんするし、俺は自分が言った事に慌て、恥ずかしくて死にそうになる。
人生初、「穴があったら、入りたい」と言った人に激しく共感した。
「だから、えっと、なんて言うか」
「ばっかじゃねぇの」
しどろもどろになる俺を、自失から立ち直った朝比奈はスパッと切る。
「何をキモい事、言ってんだ。寝言は寝て言え」
アホ――朝比奈は立ち上がり、そのまま歩いて行く。
呼び止めようにも、何を言えばいいか分からない。
パニックを起こした頭で、何か気のきいた台詞をいわなくては。と、朝比奈が足を止める。
「あ、朝比奈?」
「でも、天才よりはバカとアホの方が、ちったぁマシだ」
振り返らない背中を見つめて、少しだけ赤い耳に気づく。
自然に笑い声が零れた。
「笑うなっ」
「朝比奈、素直じゃねぇ」
5時間目のチャイムに被せて、俺はきゃらきゃらと笑った。
淋しい時、頭を空にするより、誰かと笑い飛ばした方が、きっと強く生きていける。
俺は強く生きていきたい。