04。 帰り道。
帰り道をゆっくり歩いていた時だった。
「外村っ」
「ん?」
いきなり後ろから、そう呼び止められた。
走り寄ってくる一人の男子生徒。
「櫻井?」
「今日、委員会忘れただろっ」
「あ」
確かに今日は美化委員会の日だった。
すっかり忘れていた。
「悪い、櫻井」
「たくよー。マイペースすぎだろ、お前」
むすっとした表情に、思わず笑う。
それに気付いた櫻井がぽつりと呟く。
「今の外村、いいな」
「は?」
「なんか生きてるって感じだ」
「じゃあ、それまで死んでたのかよ」
隣を歩く櫻井をこずく。
いつの間にか、こんな事も何気なく出来るようになった。
この頃、俺の中で何かが変わりつつある。
「外村はすごいな」
「なんでだよ?」
「だって、なんか惹かれるもんがある」
照れもせずに、静かにそう言った櫻井に首を傾げる。
「櫻井?」
「な、なんでもねぇよ」
慌てたように、櫻井が手を振った。
それきり途切れる会話。
思わず、口を開く。
「櫻井、お前さぁ園田が好きなんだろ」
「な、何言ってんだよっ」
顔を真っ赤にして、櫻井が叫ぶ。
「いきなり何だよ、俺は別にっ」
「だっていつも、園田のこと見てんじゃん」
「うっ」
「話してると犬のしっぽが見えるし」
「うぐっ」
「どんだけ好きなんだよって感じ」
「うわぁーっ!」
さっきより大声で叫んで、櫻井が道路にうずくまる。
ちょっとやり過ぎたかな、と思う。
「わりぃ。ちょっと言い過ぎたわ」
「ちょっとじゃねぇよっ」
涙目になりながら、櫻井が俺を見上げる。
「何でお前にばれるんだよ、よりによって」
「……」
「マイペースでどっか抜けてるくせにぃ」
「あ、それ褒め言葉か」
「ちげぇよっ」
櫻井はぐすぐすと鼻を啜って立ち上がる。
恨めしそうな目を見て、精一杯のシリアス顔を作る。
「別に俺、園田と付き合ってねぇよ」
「そんなこと、知ってらぁ」
「なら、何でだよ」
「……何でって何が?」
「元気なくね?」
「俺だっていつも元気な訳じゃないし」
頬を膨らめて、櫻井が拗ねる。
「いつも、無駄に笑顔大安売りなのに」
「無駄に大安売りで悪かったなっ」
「いや、褒めてんだぜ」
「うっせぇ。裏毒舌家め」
櫻井が、べぇーと舌を出す。
子供っぽい仕草だが、不思議と櫻井には似合うと思う。
「俺さぁ」
不意に小さくなる声。
話の移り変わりに、知らず知らず口を閉ざす。
「自分が消えそうになる時がある」
「消える?」
「心ン中に誰かがいないと、自分が何処に立ってるのかわかんなくなんだ」
「それが、園田な訳?」
櫻井は何も言わなかった。
笑うことも、頷くこともしなかった。
「だから、外村は」
途切れた言葉は、迷いを孕んで淋しさに揺れた。
「櫻井」
堪らず、口をはさむ。
そんな顔しないでくれ、続けるはずの台詞はなぜか続かない。
途端に櫻井が、いつもの櫻井に戻った。
曇りない笑顔で、俺の背中を叩く。
「なんでもねぇよ」
心配させまいと、笑う人だと思う。
続くはずだった言葉は、きっともう聞けない。
櫻井はそういう奴なんだ。
「あのさぁ」
なら、俺にできること。
「んー?」
「今度、遊び行こうな」
櫻井は、きょとんとしてから、
「りょーかい」
眩しいほどの笑顔で敬礼のまねをした。
誰かの心に居場所があること。
誰かの大切な地位にいれること。
俺はいつか、誰かの淋しさを埋められる存在になれるだろうか。