02。 図書室。
向かいの席に、誰かが座った。
今日の図書室は空いている。
放課後、図書室に来て本を読むような人間は、1人でいる時間を大切にする人間だ。
少なくとも俺はそうだと思う。
その考えを打ち破る物好きの顔を、拝んでやろうと本の文面から視線を上げる。
次の瞬間、目が合った。
「よっ」
そして片手をあげて、挨拶された。
「松澤……?」
「当たりぃ」
「俺になんか用?」
「いんや、別に」
「なら、本探しに来たのか」
「それも、ハズレ」
だいたい本は漫画しか興味ない――と、松澤は漫画コーナーを顎で示した。
果たして漫画は本にカウントされるのか、少し謎だ。
「暇つぶしに来た」
じゃあ、どうして話したこともないクラスメートの向かいに座る?
喉まで出かかった問いを、すんでで飲み込む。
松澤は確かバスケ部だ。
来週は大会があるとか言っていたはず。
「松澤、サボりか?」
松澤は一瞬、理解不能の表情の後、苦笑した。
「ストレートに言うなぁ」
「カーブに言えばいいのか」
むすっと言い返すと、ぶはっと吹き出された。
「外村って、案外面白いのな」
けらけらと笑った顔が、少し曇って見えた。
いつもの笑顔なんて知らないけれど。
「なんか駄目なんだよな」
「何が?」
脈絡のない台詞に思わず眉を潜める。
「世界が狭い気がすんだよな」
「世界が狭い?」
「そ。なんもねぇって感じ」
自嘲気味に松澤がまた笑う。
そう言えば、昨日の園田もこんなこと言っていた。
「淋しいってことか?」
「……淋しいかぁ」
「園田が似たような事、言ってた」
「あれ?お前、園田と仲良いっけか?」
「昨日が、ファーストコンタクト」
「ぶっ。やっぱ、お前面白いわ」
それは面白くない奴だと、今まで思われてたと云う事だろうか。
まぁ、思われようとは思わないけれど。
「狭くはないと思う」
「ん?」
首を傾げた松澤に、だから――と口を開く。
「だって、俺と今日初めて話しただろ。まだ、初めての事なんて世界に沢山あるよ」
きょとんとした顔に、畳み掛ける。
「狭いなんて、世界を知らない言い訳だ。もし、本当に狭いなら広げてけばいいだろ」
「広げる、か」
噛み締める様に松澤が、俺の台詞を反芻する。
そして、考えるしぐさを見せて、黙り込んだ。
「あ、悪かった。カーブに言うべきだった」
失言した気がして、慌てて口を押さえる。
今日、初めて話したのに踏み込んだことを言い過ぎた。
人と関わるのは、いつだって難しい。
一生懸命になるほど、空回りしている気になるから。
「えっと、だから」
「ありがとな」
「へ?」
意外な言葉に、驚く。
松澤が笑った。
「世界って狭いけど、広いのな。オレ、今日はじめて外村のこと面白い奴って認識したし」
それに――松澤がまっすぐと俺を見る。
「一緒に笑いてぇって思った」
「松澤」
「ま、そーいうことで」
松澤が席を立つ。
「ん?何処行くんだ?」
「部活行く。サボりは止めだ」
「それがいいな」
「まぁ、顧問から雷落ちるのは確実だけどなぁ」
そうけらけら笑って、松澤はじゃ、と手を挙げた。
「また明日な」
「あぁ、また明日」
自然とそう返した自分に、少し驚いて思わず笑った。
あぁ、なんだ。
こんなにも簡単なことだったんだ。
人と関わることも、そう悪いことじゃない。
俺の世界は、これからきっと広げられる。
自分以外の誰かのおかげで