婚約破棄された公爵令嬢は全てを奪われた――はずだったが、隣国皇太子に拾われて真実を暴いた結果、全員まとめて破滅させました
「リリアーナ・フォン・エルグランデ。貴様との婚約は、ここで破棄する」
王城の大広間に響いたその言葉は、あまりにも唐突で、あまりにも一方的だった。
第一王子ルイスの隣には、涙ぐむ一人の少女が立っている。柔らかな金髪、守ってあげたくなるような佇まい――“聖女”エミリア。
その姿を見た瞬間、リリアーナはすべてを理解した。
(ああ……なるほど。そういうこと)
だが彼女は決して取り乱さなかった。背筋を伸ばし、気品ある微笑みを浮かべる。
「理由を、お聞かせ願えますか?」
静かな問いに、ルイスは鼻で笑った。
「とぼけるな。お前はエミリアをいじめ、命まで狙ったそうじゃないか」
「……証拠は?」
「証人はいる」
エミリアが一歩前に出て、震える声で言う。
「わ、わたし……階段から突き落とされそうになって……っ」
周囲からざわめきが起こる。
(見事な演技ね)
リリアーナは内心で冷静に分析していた。
その証言は事実ではない。だが、彼女は知っている――この場では真実など意味を持たない。
すでに“結論”は決まっているのだ。
「もういい。これ以上の弁明は不要だ」
ルイスは冷たく言い放つ。
「リリアーナ、お前は公爵令嬢の身でありながら嫉妬に狂った。王家の名誉を汚した罪は重い。本来なら処刑だが……情けで国外追放にしてやる」
会場がどよめく。
だがリリアーナは――笑った。
「……そうですか」
そのあまりにも落ち着いた反応に、ルイスが眉をひそめる。
「何がおかしい」
「いえ。ただ――」
彼女はゆっくりと視線を巡らせる。
「皆様、よくご覧くださいませ。これがこの国の“正義”です」
その言葉は、静かだが鋭かった。
だが誰も声を上げない。
公爵家でさえ、彼女を庇わない。
(父も、切り捨てたのね)
理解した瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れた。
それでも彼女は涙を流さない。
ただ、優雅に一礼する。
「承知いたしました。王命に従い、この国を去ります」
そうして彼女は、すべてを失った。
――はずだった。
◆
数日後。
王都を離れた馬車の中、リリアーナは一人静かに座っていた。
護衛も最小限。まるで厄介払いだ。
(これで終わり……かしら)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
だがその瞬間――
「その終わり方は、あまりに退屈だな」
低く整った声が響いた。
馬車が止まる。
扉が開かれ、現れたのは一人の青年。
黒髪に金の瞳、圧倒的な威圧感と気品。
「……どなたですか?」
「名乗るほどの者ではないが――強いて言うなら」
彼は微笑む。
「隣国の皇太子、アレクシスだ」
空気が凍りついた。
「……冗談にしては趣味が悪いですね」
「本当だとしたら?」
彼の背後には精鋭の騎士たち。
嘘ではない。
(なぜ、こんなところに……)
アレクシスはリリアーナをまっすぐ見つめた。
「君、冤罪だろう」
その一言で、彼女の思考が止まる。
「……なぜ、そう思われるのですか」
「目だ」
即答だった。
「人を害する者の目ではない。それに――」
彼は楽しげに言う。
「調べれば、いくらでも矛盾が出てくる」
リリアーナは初めて、わずかに驚いた表情を見せた。
「……それを、わざわざ私に?」
「興味がある」
アレクシスは一歩近づく。
「君は優秀だ。捨てるには惜しい」
そして、静かに手を差し出した。
「どうだ。私と来るか?」
それは救いの手であり――同時に、選択だった。
リリアーナは少しだけ目を伏せる。
(すべてを奪われたまま終わる? それとも――)
顔を上げた時、その瞳にはもう迷いはなかった。
「……条件があります」
「ほう?」
「私の無実を証明し、この国に“相応の代償”を支払わせること」
アレクシスは笑った。
「いいだろう」
その笑みは、獲物を見つけた獣のようだった。
「――むしろ、望むところだ」
こうして。
すべてを失ったはずの公爵令嬢は――
最悪の敵と、最強の味方を得た。
(待っていなさい……)
リリアーナの瞳に、初めて感情が灯る。
(必ず、全部取り返す)
それは、静かな復讐の誓いだった。
❆ ❆ ❆ ❆
隣国。
その宮殿は、王国とは比べ物にならないほど洗練されていた。
「気に入ったか?」
アレクシスが問いかける。
「ええ。……とても合理的で、無駄がない」
「君らしい評価だな」
彼は満足そうに笑った。
リリアーナはすでに彼の側近のような立場になっていた。
情報収集、分析、策略。
彼女の才能はすぐに開花した。
「やはり、聖女エミリアには裏があります」
資料を広げながら言う。
「ほう?」
「彼女が現れてから、不自然な事故が増えている。しかも、すべて彼女に有利に働いている」
アレクシスは頷く。
「つまり?」
「仕組まれている、ということです」
さらに調査を進めると――真実はあっさりと姿を現した。
エミリアは“聖女”ではなかった。
むしろその逆。
毒を使い、幻惑を使い、人心を操る――暗部の人間。
王子ルイスすら、利用されていたのだ。
「愚かだな」
アレクシスが吐き捨てる。
「愛だと思い込まされているだけだ」
リリアーナは静かに言った。
「では、そろそろ終わらせましょう」
◆
数ヶ月後。
王国では盛大な式典が開かれていた。
聖女エミリアと王子ルイスの婚約発表。
だがその最中――
「お久しぶりです、殿下」
静かな声が響いた。
会場が凍りつく。
そこに立っていたのは――
「リリアーナ……!?」
かつて追放したはずの女。
しかも、その隣には。
「隣国皇太子、アレクシスだ」
ざわめきが爆発する。
「本日は、少々面白い余興を用意した」
彼は指を鳴らす。
すると、拘束された数人の男が連れてこられた。
「この者たちは、聖女の“協力者”だ」
「な、何を――!」
エミリアの顔が青ざめる。
「証言も、証拠も揃っている」
次々と暴かれる真実。
毒、偽証、暗殺未遂。
すべてが明るみに出る。
「違う……! 私は聖女よ!!」
叫ぶエミリア。
だがその声は、もう誰にも届かない。
ルイスは震えていた。
「……嘘、だろ……?」
「嘘ではありません」
リリアーナが一歩前に出る。
「殿下。あなたが捨てたのは、“真実”でした」
その言葉は、容赦なく突き刺さる。
ルイスは崩れ落ちた。
◆
裁きは早かった。
エミリアは処刑。
関係者も次々と粛清。
王国は混乱に陥る。
そして――
「改めて言おう」
アレクシスがリリアーナに向き直る。
「私の隣に来い」
「……それは」
「契約ではない」
彼は真剣な眼差しで言う。
「個人的な願いだ」
リリアーナは一瞬、驚いたように目を見開く。
だがすぐに、柔らかく微笑んだ。
「……では、お受けします」
その答えに、アレクシスは満足そうに笑った。
◆
数年後。
隣国はかつてない繁栄を迎えていた。
その中心にいるのは――
「陛下、こちらの案件ですが」
「ああ、君に任せる」
国を支える皇太子と、その最良のパートナー。
かつてすべてを奪われた公爵令嬢は――
今や、誰よりも高い場所に立っていた。
そして。
遠く離れた王国では、今もなお混乱が続いている。
王子は失脚し、国力は衰退。
誰もが、あの日の選択を悔やんでいた。
だが――
もう遅い。
リリアーナは静かに呟く。
「ざまぁ、ですわ」
その声は、どこまでも優雅で――冷酷だった。
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