聖女の仮面が剥がれる日
放課後の図書室。
西日が差し込む静謐な空間には、紙をめくる音と、時折響くペンの走り書きだけが漂っているはずだった。
だが、窓際の末席。俺――佐藤カズキは、机の下で密かにスマホを横に持ち、極限の集中力を発揮していた。
『アステリア・ファンタジー』。
全世界で数千万人がプレイするMMORPGだ。
その競技シーンにおいて、今まさに俺は、宿敵と呼ぶべき一人のプレイヤーと対峙している。
「……よし、今だ」
画面の中で、漆黒の剣士(俺のアバター)が鮮やかな軌跡を描く。
対するは、白銀のドレスを纏ったヒーラー職『セイント・レイ』。
名前と見た目は聖潔だが、中身は最悪だ。
彼女はプレイスキルこそ一流だったが、チャット欄では隙あらば相手を貶める、界隈でも有名な「煽りカス」だった。
『は? ラグすぎ。死ねよクソ無課金野郎!』
『おい、今の避けるとかチート使ってんだろ!!』
『うぜええええええ!! お前どうせ学校とかでもボッチなんだろwwww』
吹き出しで流れる罵詈雑言。
「……」
俺はそれを無視して最大コンボを叩き込むと、ダメージ数値が跳ね上がり、セイント・レナが地面に転がる。勝負ありだ。
勝利の余韻と共に、俺はシステムメッセージを送信した。
『ざまぁww』
普段、俺はこんな煽りメッセージなど送らない。
だが、こいつは別だ。今頃セイント・レイのプレイヤーは怒り狂っていることだろう。
「……さてと、もう帰るか」
溜飲を下げた俺は、続きは家でやろうと席から立ち上がった。
すると背後の本棚から「――っ!?」という、空気が漏れるような短い絶叫が聞こえた。
「?」
なんだろうと俺が本棚の裏を覗き込むと、そこには目を疑う光景があった。
「……っ、ふざけんな……ッ」
なんとそこにいたのは、同じクラスの白雪零奈だった。
長い黒髪に雪のような肌、誰に対しても優しく、慈愛に満ちた微笑みで「聖女」と崇められる、この学校で最も人気が高い美少女。
その彼女が、今。スマホを、親指が白くなるほどの力で握りしめ、肩を激しく上下させている。
(し、白雪さん……?)
いつもの完璧な微笑みは崩れ、眉間には深い皺が寄り、唇は怒りに震えている。
あまりのギャップに別人ではないかと思うほどだ。
「この、クソ無課金野郎……絶対、ぶっ殺してやるんだから……っ!!」
地を這うような低い声に、クソ無課金というワード。
俺の脳裏に、嫌でもある人物が思い浮かぶ。
「……もしかして。セイント・レイ……さん?」
静まり返った図書室に、俺の声が妙に大きく響いた。
白雪の動きが、彫像のように止まる。
彼女はギギギ、と錆びついた機械のような動作で首を回し、俺を見た。
「…………え?」
彼女の瞳が、俺のスマホ画面に映る『漆黒の剣士』と、直前に送られた『ざまぁww』のチャットを捉える。
「…………」
一秒、二秒。
白雪の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのがわかった。
「あ、あ、ああ、あ…………っ」
白雪はスマホを床に落としガタガタと震え出す。
その震えは、怒りではない。
純粋な、底なしの恐怖だった。
彼女にとって、その正体がバレることは、積み上げてきた「聖女」としての社会的地位が更地になることを意味する。
「ま、待ちなさい……。今の、見なかったことにしなさい……。命令よ、死刑にするわよ……っ!」
瞳に涙を溜めながら、それでも「煽りカス」としての語彙で威嚇してくる白雪。
だが、その脚は今にも崩れ落ちそうなほど震えていた。
「はぁ……」
俺は小さくため息をつくと、地面に転がった彼女のスマホを拾い上げ、画面に表示された『セイント・レイ』のステータス画面を確認してから、彼女に差し出した。
「とりあえず、落ち着け。……それより、さっきバフのタイミング3フレーム早かったぞ」
「……は?」
俺の言葉に白雪は呆然と口を開けた。
何故なら、暴露と断罪を覚悟した彼女の前に現れたのは「敵」ではなく、「ただのゲーマー」だったからだ。
学園一の美少女と、ただのゲーマー。
最悪な形で交わった二人の関係は、ここから予想もしない方向へとリセットされることになっていく――
読んでいただき、ありがとうございました!
続きは数日後の予定です。
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