19 失われた日常
翌日、俺は普通に自分の仕事をしていた。
魔物討伐や異世界サンプル獲得は俺の仕事ではない。プログラマーだからな!
予定通りに組みあがったプログラムを納品し、後処理なども完了して一息ついた。
AI拡張しているのは個人的なプログラムなので全く別だ。
「うん、やっぱ日常は落ちつくな」
俺はいつものように自分で焙煎したコーヒーを飲んだ。取り寄せたお気に入りの生豆から作ったものだ。
静かな時間が流れていく。これだよ、これが人間らしい時間だよ……。
すると、けたたましくドアベルを鳴らす奴がいた。
人の気も知らない無粋な奴だ! 煩いので、ほっておく。いま俺は休憩中なのだ。
さらに、ドアベルが鳴る。ついでに「お~い」とか叫んでる。仕方ない出るか。
マンションの玄関を開けてみると、そこには荻野と乙羽が立っていた。
「お前ら、どうした! まだ週末じゃないぞ?」
「何言ってんだ、専任になったんだから来るだろ普通!」
乙羽は、当たり前のようにまくしたてた。
「そうそう! 先生から正式に研究対象として認められたからね!」
いやいや。俺は知らないぞ。研究室でやれよ。
けどまぁ、そうなるか。
「まぁ、入れ」
院生二人の正式な研究として認められたのだ。つまり研究室の正式なテーマだ。だが、研究対象は俺の家にしかない。それ、勝手に決めていいんか?
「まぁ、お前らの研究テーマになったんだもんな」
「まだ、正式なテーマとしては決めてないけどね。慎重に決めないと何年かかるかわからないし」
「うん、もっといろいろ出て来てから決める」
生体サンプルも要求されたしな。
「全てが重要な研究対象だもんね」
ああ、確かに。しかも、この機を逃したら二度と手に入らないようなものだしな。
「で、お前ら、これから毎日くるのか?」
「当然よ」
「よろしく頼む」
やっぱりな。そういうと思った。
「俺の仕事どうすんだよ?」
「どうすんの?」
「教授に聞いてくれ」
その後、教授と協議した。教授も俺の仕事のことを忘れてるし。いや、もう学生じゃないんですけど?
仕方なく共同研究ということになった。とはいっても、ほとんど無給に近いんだけど。俺の名前が論文に乗っても嬉しくないし。研究者じゃないからな!
「あ、貰った金鉱石を溶かして換金すればいんじゃないか?」
乙羽が軽く言う。それ、いいのか? 高熱で溶かせば売ってもいいかな? もしかして儲かるのか? まぁ、持ってたほうがプレミア付きそうだけど。だって、初めて異世界から転移した物質だからな!
* * *
その後、ホームセンターへ行ったりアキバで高感度マイクを調達したり、予定した作業をすすめていった。
水道は洗濯機から分岐して開発室までホースを引いた。見てくれは悪いが壁伝いに這わせれば邪魔というほどではない。ドアは閉まらないが。
浄水器をつなぐために水栓も付けた。これでうまい水を提供できる。
開発室に付いた水栓を見て微妙な気持ちになった。この部屋じゃ排水できないんだけど? 大丈夫かな? まぁ、部屋を出るときは水栓を締めるんだけど。
それから、高感度マイクについては指向性の強いマイクを異世界側に突き出して使うことになった。このマイクだけボリュームを拡大できるので三鈴AIの探査性能が大幅に向上した。これで魔物の索敵が楽になる筈だ。
* * *
今週予定していた準備を一通り終わらせたところで、俺たちは少し早いが異世界の巫女たちを呼び出すことにした。
まずは、俺たちが毎日対応できるようになった件を菅野宮司に報告する必要がある。
連絡してもらうと、菅野宮司はすぐにやってきた。
『驚きました。ありがとうございます。願ってもないことです』
宮司は晴れ晴れとした顔で応えた。やっと望む体制になったといったところだろう。
『これで、魔物討伐については光が見えました』
確かに魔物討伐こそがこの世界の神社の仕事だからな。
魔物討伐部隊としては、巫女や討伐ネギなどを増やしたいところだが実は適性があって簡単にはいかないのだそうだ。候補となる見習いは結構いるそうなのだが魔石との相性があるのだという。特に巫女の持つ三鈴に至っては魔石が3個もついているため難しいらしい。最初の神楽舞で紫雲が倒れていたが、精神的に負担があるんだという。
魔物討伐の責任者として、そして担当部門として、こうした人的資源が少ない状況で増加する魔物に対応するのは大変なことだろう。できることなら、俺も協力してやりたい気持ちにはなる。
とりあえず、院生二人は協力させよう。
また、魔物討伐については、これまでは「西園寺と巫女隊」の組み合わせで活動してきたが、今後は少し変えたいという。巫女の能力が通常の討伐隊と大きく異なってきたからだ。
新しい力を使った戦い方を研究して巫女隊独自の活動を目指すという。確かに、無敵の次元フィールドとかウォータージェットとか普通の討伐隊にはないもので戦っている。それはつまり、討伐隊とは違う戦い方が必要ということだ。
これについては西園寺も初めてだらけでちょっと自信なさげに話していた。
討伐隊としてのノウハウを彼女たち巫女隊に教えたいが、彼女たちの能力には手に余るものがある。自分が教育担当でいいのかというじくじたる思いもあるようだ。ただ、彼女以上に適任がいないのもまた事実だった。
* * *
「やっぱり、試行錯誤で探っていくしかないわよね?」
荻野が何故か積極的だ。
『とりあえず、今できる方法で魔物討伐を繰り返すことだな。慣れないことにはどうにもならん』
西園寺の意見も同じだ。
なるほど。新しい武器に慣れて、自分なりの使い方を編み出していくんだよな?
『もう、新しい技とかはないの?』
美琴がちょっと期待している目で言う。
『さすがに、もうないんじゃないか?』
西園寺は、そう言って三鈴を覗き込む。
「いや、どうだろうな?」
俺としては予定はないが。
「あるかもよ」
荻野は面白そうな顔で言う。
「絶対あると思う」
乙羽が自信たっぷりに言う。
『そ、そうなのか?』
西園寺が不安そうな顔だ。
『やっぱり!』
美琴、お前何を期待しているんだ?




