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18 氷室玲子

 週が明けて数日、久しぶりに俺は自分の日常を過ごしていた。

 落ち着いた時間が流れている。うん、コーヒーがうまい。


 いっぽう、魔物討伐の戦利品を持って研究室に報告に行った荻野と乙羽だが、分析が進むにつれて研究室は次第にパニックになっていった。

 しまいには、俺にまで呼び出しがかかった。俺の仕事と日常をどうしてくれる?


「これはとんでもない事態だよ。今後は何かあったらすぐに報告してくれ給え」


 開口一番、椎名教授からそんなことを言われて俺は呆気にとられた。


「えっ? あ、はい。いいんですか? 教授は忙しいのでは?」

「そんな遠慮は無用だよ君。なんでもいいから、とりあえず連絡してくれ給え」


 いつの間にか積極的になっていた。

 俺がいかにも意外そうな顔をしたのを見て、教授は「ふっ」と息を吐いた。諦めて内情を明かすことにしたようだ。


「分かったよ。実は昨日、元素分析の結果を分子生物学をやってる知り合いに見せたんだ。そしたら大騒ぎになってね! 直ぐに君たちと話がしたいと言い出した。今から来るから、ちょっと会ってやってくれないか?」


 分子生物学? いや、無理だと思うけど?

 少しすると研究棟の廊下をバタバタと走って来る音がして大きくドアが開けられた。


「おまたせっ!」


 現れたのは白衣の中に赤いシャツを着て長い黒髪を振り乱した女だった。

 なんだろう。研究者と言えば研究者らしいのだが、雰囲気は妙に派手だった。


「紹介しよう……」


氷室玲子(ひむろれいこ)、三十三歳分子生物学専攻、以上よろしくね!」


 教授の紹介を遮って早口にまくしたてた。呑気に挨拶している暇はないという雰囲気だ。


「「「よろしくお願いします」」」


 ここはとりあえず素直に挨拶しておこう。ヤバそうだし。


「で、あの魔石ってなんなの? どこで手に入れたの? 信じられない成分なんだけど?」


 質問を機関銃のようにまくしたてた。


「まぁ、落ち着け。まったく、しょうがないな。これは僕の従妹だ」


「え、教授の従妹さんなんですか」

「知らなかった~っ」

「えっ、有名だけど?」


 乙羽は知っていたらしい。一部で有名なのか?


「で、あの重金属マシマシのタンパク質はどんな生物から採ったの?」


 それって、あの牙の話だろうか?


「重金属マシマシなんですか?」

「金属タンパク質ね。おまけに超電導神経系って何よ?」


 知りません。


「そ、そう言われましても」


「あ、超電導については、まだ言ってない」


 横から椎名教授が訂正した。


「そうなの? あの魔石ってね、表面が超電導神経回路なのよ」


「ちょ、超電導? 生体組織ですよね?」

「そう。それが金属タンパク質で出来ているの」


 魔石は魔物から獲れるんだからタンパク質だろうけど、金属タンパク質と言われても、よくわからない。たぶん珍しいんだろうな。


「そ、そんなものだったんですか。そりゃ興奮しますよね」

「そうなのよ!」


 俺は分析に出した魔石を思い出しながら応えた。


「あれは、マッドボアという魔物の魔石です」

「マッドボア? 体組織のサンプルも手に入る?」


 ますます近づいて来て、吐息がかかるほどになった。ちょっと女らしい匂いにどきっとした。


「よ、よくいる魔物なので手に入ると思います。あと、牙とか魔物の森に転がってた石のサンプルもあった筈ですが」

「なんですって! 貰ってないわよ? どこどこ?」


 いきなり教授のほうを振り返って詰問するように言う氷室玲子。


「あ、あれか」


 教授が出来たばかりの分析レポートを取り出すと、氷室玲子は勢いよく奪い取った。


「まったく! 隠してないでとっとと出しなさいよ!」

「いや、今さっき出来たばかりなんだよ」


 それには応えず、既にレポートを食い入るように読み始めている氷室玲子。

 矛先が変わって、ちょっとほっとする俺。

 研究室は、いつの間にか誰も何も言えないぴりぴりとした空気に満たされていた。


「これも信じられないわね! こんな成分の石があるなんて一体どんな世界なの!」


 静まり返った研究室に、氷室玲子の声だけが響き渡った。


「というと?」


「これが地上の普通の石なら、地球とは全く違う生態系が出来てる可能性があるのよ」


「全く違う?」

「あの魔石の成分も異常だったけど、この鉱物もね」


「そ、そうなんですか?」

「そう。具体的に言うと、重金属が多すぎるの」


 なるほど。普通は金などの重金属の多くは星のコアに沈んでる筈だものな。


「教授……」

「助教授よ」

「助教授、その重金属の分布と魔物は関係があると?」


「魔石を見る限り可能性はあるわね。重金属が魔物を生み出した可能性がある」


 重金属が? まぁ、何故魔物ができたかは知らない。


「その辺は、生体サンプルがぜひ必要ね。頼めるかしら?」

「はい。1cm角程度ならなんとか」

「十分よ。ちょっと待ってて! サンプル収納カプセルを持ってくる!」


 そういうと氷室助教授は、またバタバタと研究棟の廊下を走っていった。


「すまんが、僕からも頼むよ」


 氷室助教授の後姿を見送ったあと椎名教授も頼んできた。


「もちろん、あの『三鈴』についても興味が尽きないが、それについてはもっとゆっくりと研究する必要がありそうだ」

「ゆっくりとですか?」

「要するにお手上げだよ」


 ですよね~。現象としては把握してるんだけど、原理が全く分からない。


「私も、どこから手を付けたらいいか分かりません」

「俺も。ただ、出来ることだけをやってます」


 荻野と乙羽が賛同した。


「うん、そうだね。だが、研究対象としては申し分ない。明日からは専任で頑張ってくれ給え」

「「分かりました」」


 どうやら、二人の研究対象として正式に認められたようだ。


「とにかく、なるべく多くの情報を上げてくれ。必要なら、こちらからも連絡する」


「「「はい」」」


  *  *  *


「大変なことになってきたな」


 研究室からの帰り道、乙羽がぽつんと言った。


「本当よね。確かに凄いことだけど」

「凄いことだらけで、混乱してるよ」


 これが、俺の正直な気持ちだ。


「そうだな。極秘を厳命するだけのことはある」


 もっとも、教授たちが本気出してくれるなら巫女たちにとっては都合がいい。


 俺は氷室助教授から生体サンプルのカプセルを受け取って帰宅したのだった。


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