12 デジタルマイクロスコープ
翌日も、俺たち三人は俺のマンションの開発室に集合していた。
朝イチで研究室に呼ばれて報告してきた荻野がちょっと疲れた顔をしている。教授や他の研究者たちが大騒ぎで大変だったらしい。
まぁ、でもとりあえず、まだ仮説だ。本当に異世界と物質の交換をしたと証明されたとは言えない。
ってことで、荻野は研究室のデジタルマイクロスコープを持たされていた。
さすがに、電子顕微鏡を持っては来れないからな。これが今できることの限界だ。
「これでも1600倍の倍率はあるからな」
乙羽は鼻息も荒い。
「確かに頼もしい測定器よね」
「でも、どうやって見るんだ?」
「問題はそこだ」
どういう理屈でWebカメラが異世界を映しているのかが、まず不明だ。
「とりあえず、ここはあれだ。Webカメラを分解するしかない。分解して、なんとかデジタルマイクロスコープを突っ込むんだ」
まぁ、そうだな。ん?
「ちょっと待て。俺のWebカメラだぞ。それ、私物だから」
さすがに乙羽を止める。下手すると壊すからな!
「ああ、じゃぁ、研究費で買ったほうで試そう」
「それならいい」
当然だ。
「せこっ」
「そういうな。それが、社会人の現実なんだ。研究者とは違う」
「うちの教授なら壊しても研究費で買ってくれるかも」
「そうね」
「あっ、そうだな。じゃ、俺のでもいいや!」
そう言うと、乙羽は嬉々として俺のWebカメラを分解し始めた。本当に大丈夫だよな?
乙羽が作業しているのを見て、俺は学生の頃を思い出していた。あの時もこんな雰囲気だった。そういえば、研究者の仕事って、こういう工作とか地道な作業がほとんどだったよな。
乙羽は慣れた手つきでWebカメラの改造を完了した。
* * *
「じゃぁ、スイッチオン!」
セッティングを終えた乙羽がデジタルマイクロスコープの電源を入れた。すると直ぐにディスプレイに映像が映し出された。
Webカメラの直前に焦点が合っているので、光る膜のようなものが見えている。
「よし、少しづつズームする」
「了解!」
「ちょっと振動があるわね。静かに!」
ズームするにしたがって、かすかな振動でも画面が揺れるようになる。
乙羽は最高倍率の1600倍まであげた。
「これ、格子なの?」
一応は何か模様のようなものは見えている。
「どうだろうな。縞模様にも見えるし」
「単純な結晶格子のわけないか」
「本当に穴になってるかどうかまでは、分からないわね!」
最大倍率の1600倍だと1マイクロメートルくらいまで見える筈だが、振動があるせいかうまく見えない。しかも、模様があったとしても穴であるとは言えない。
「これで限界だ」
「良く分からないな」
「穴の特定までは無理かしらね」
ちょっとデジタルマイクロスコープに期待しすぎたか。
* * *
そうこうしているうちに、異世界では巫女たちが集まってきていた。
「仕方ないわね、ちょっとコーヒーブレークしましょ」
荻野の提案で、俺がコーヒーを淹れることにした。
俺のコーヒーは自分で焙煎してるから特別だぞ。
「これ、神岡君が焙煎したの?」
「ああ、そうだ」
「うん、いい香りだな!」
『何かいい香りがする!』
地球側の事情で勝手に盛り上がっていたら、異世界の美琴が反応した。
「えっ? ああ、マイクロスコープを抜いたからか!」
乙羽がマイクロスコープ用に開けた取付穴がマイクロスコープを外してもそのままだった。たぶん、ここから香りが通ったようだ。
「マジか!」
「香りが届いたの?」
「コーヒーの香りが異世界まで届いたのかよ!」
地球側は大騒ぎだが、異世界側はちょっと不思議な顔をしている。
しかし、まだエフェクトはオンにしていない。つまり、巫女たちを特殊なフィールドで包んでいない。ってことは、普通に異世界の境界を通して香りが届いたってことだ。
「異世界の境界には、香りが通るような穴が開いてるってことだよな?」
「そうよね」
「そうなるな」
異世界の境界が光と空気を通すことは分かっていたが、香りも通せるということだ。
「そうか。じゃぁ、エフェクトをオンにしてみよう」
おもむろにエフェクトをオンにしてしてみた。
「美琴、香りに変化はある?」
しばらく待ってみた。もし香りが変わったなら、世界の境界の穴は香り成分より小さいってことになる。
『ううん。ちょっと強くなった感じかな? 直ぐ近くっていうか』
巫女が境界のこっち側に来たのなら香りが強くなるのは当然だ。
でも、香り成分に変化がないなら境界の穴は香り成分より大きいことになる。つまり0.001マイクロメートルよりは大きいということだ。
「声はリアルになったな。あっ、これなら、コーヒーその物もそっちに届くかもしれない!」
乙羽が面白いことを言い出した。
「ちょっとスポイト貸してくれ!」
最近買った新品のスポイトを取り出して渡すと、乙羽は迷いなくコーヒーカップにスポイトを突っ込んだ。
「おいおい」
「ふふ。巫女さんにもコーヒーを飲んでもらおう」
いや、それ大丈夫かな?
っていうか、香りはともかく液体が世界の境界を通るのか?
「本当に届くかな?」
「たぶんな。あ、美琴さん、三鈴の鏡からコーヒーという飲み物が出るかもしれないので茶碗で受けてもらえます?」
『あ、濃い色の液体ですね』
そういえば、美琴はこっちが見えてるんだった。
「そう」
『カップを下に置けばいいんですね?』
「ああ、たぶん」
『わかりました、ちょっと待ってください』
美琴が茶碗を用意するのを待って、俺たちは実験を開始した。




