【メタホラー】閉所恐怖症の時
※恐怖症を発症するかもしれませんので、自己責任でご覧下さい。
息が苦しい。呼吸が浅い。空気が吸えない。
心臓の鼓動が、速くなっている。
胸が締め付けられる。
早くここから出たい。
誰か、ここから出してくれ。
────
「夢か……」
目が覚めると、私はいつも同じ言葉をつぶやく。
◆◆◆
「へえ、君は『閉所恐怖症』なのかい? 狭いところにいると発症するやつだろ。狭いといっても、どれくらいの狭さなんだい?」
友人が、私にそうたずねた。私は、コーヒーカップを置いて口を開いた。
「実はね、狭さの問題じゃなく、どう認識するかによるって発症するんだよ。心療内科の先生が言っていたんだけどね」
「と、いうと?」
「つまり、ある程度の広さがあっても、閉じた空間で『逃げ場がない』と感じると発症するんだ」
「ふーん。でも、今は症状が落ち着いてるんだろう?」
「まあね。狭いと思うような所に、自分から行かなければいいんだよ」
──私たちは喫茶店を出た。
「まあ、たまに夢に見るけどね。狭いところにいる夢を」
友人と並んで歩きながら、私は言った。
「何かきっかけがあって、そうなったのかい?」
「子供のころに、映画を観ていてね。人間ひとりがやっと入れるくらいの筒の中を、ほふく前進で進んでいく場面があってさ。それを見て、息苦しくなったのが最初なんだよ」
「あ、そういうの、観たことあるな。言われてみれば、閉所恐怖症っぽいシーンだね」
「ま、とにかく、そういう映画を観たり、狭い場所を想像したりしなければいいんだよ」
「そうだな。ところで、夢で思いだしたんだけど……」
友人が、話題を変えた。
「……時々、昔の夢を見ることがあるんだけど、君はどうだい?」
「うん、私も見るよ。昔の知り合いや、亡くなった祖父母の夢を見ることもあるよ」
「そうだろ? 子供のころの友達とかさ。で、そのとき思うんだ。時間っていうのは、空間以上に隔たりがあるな、ってね」
「妙なことを言うね。どういうこと?」
私は、友人に聞いた。
「だからさ。ちょっとくらい遠くにいても、会いに行くことはできる。でも、時間というか、過去ってのは、越えられない壁が、背後にあるようなものだな、って思うんだ」
──まあ、そういう考え方もできるか。その時はそう思っただけだった。それで話は終わり、私は友人と別れた。
◆◆◆
しばらくしてから、また友人と会い、いつものように他愛のない雑談をしていた。
「この前、君に時間の話をしただろう?」
友人が言った。
「そうだったかな。それがどうかした?」
「ある学者が言ったことなんだけど。なんでも、『時間』と『空間』は、同じものだというんだ」
「時間と空間が同じ? 一体全体どういうことかな?」
「つまり、空間の広がりがあれば、そこの移動には時間がかかるじゃないか。だから、空間の広がりと時間のそれは同じもの、ってことなんだ」
「そうかな? ピンとこないな」
「それに、空間ってのは伸び縮みするらしい。それに合わせて、時間も伸び縮みするんだ」
私は、友人と別れ帰路についた。
この時した雑談の、他は忘れてしまったが、この会話だけは、妙に記憶に残った。
────
私は、就寝前に、寝床で考え事をするのが習慣だった。
友人の言ったことが、どうにも気になっていた。空間と時間の広さは同じものなのだろうか。
『過去とは、背後にそびえる壁のようなものだ』という、友人の言葉を思い出した。
たしかに、我われ人間は、過去に1秒だって戻ることはできない。いうなら、決して越えられない壁が、背中に密着しているようなものだ。
では、未来はどうだ? 我われは、みな未来に向かって同じ速さで進んでいる。その速さを飛び越えて進むことは、出来ない。
宝くじの当たりを予想することはできないし、明日、何が起こるかもわからない。
──時間と空間の広さは同じ。
…………!
私は気づいてしまった。過去は、私の背後に密着してそびえ立っている。生きるにつれて、背後の壁は厚くなっていく。
そして未来もまた、私の目の前に密着している壁だ。その向こうをうかがい知ることはできない。上下左右に無限に広がり、手がかりも足がかりもない。
私は、時間に閉じ込められている。しかも、極めて狭い領域にだ。なんということだ。今までまったく気づかなかったが、あまりにも明らかではないか。
そう考えているうちに、私の中にイメージが浮かんできた。正面と背後に、無限の広さを持つふたつの壁が、私を密着して挟んでいるイメージが。
私はそれに抗うことができない。それどころか、身動きひとつ取れないのだ。それでいて、その壁に触れることすらできない。
逃げ出すこともできない。どの方向にも、逃げ場がないのだ。
…………
苦しい。息が吸えない。
心臓の鼓動が、速くなっている。
胸が締め付けられる。
早くここから出たい。
誰か、ここから出してくれ。
私を助けてくれ。
たのむ、誰かここから出してくれ。




