下:レベル67の神獣、ぽんぽこ踊り、笑うこと
けーくんは、いわゆる、廃人だったそうだ。課金も重め勢。ある神獣の領地に所属して、ばりばり戦闘職を磨いていたところ、「いろいろあって」その神獣の領地が解散みたいなことになったらしい。
「仲間はあれこれ考えて行く先決めてったんだけど、俺は燃え尽き症候群っていうか。いい機会だから、引退するかとも思ったんだけどね。ログインボーナス切れるなーとか思うと、ついついインしちゃって」
おお、廃人だ。あの凄まじい勢いの日課消化はそういうことだったのか。
「なんかここ気に入ったし。ぽんとミミとも上手くやれそうだし。俺もいい場所になったここを見てみたいから」
「うんうん、よろしくね」
「ただ俺、農民の職業持ってないんだけど、いいかな?」
「珍しいですね。すぐに習得できると思いますよ。ぽんさまのバフが農民ですから」
「未収得なんじゃなくて、取得不可なんだ」
ふか? とおれとミミは首を傾げる。
「初めて聞きました。それは、けっこう大変なのでは?」
「出現率低いけど、ときどきいるんだよ。戦闘係の習得は早いけど、収穫系はてんでだめ。まあ、レベルが低いうちはすごく苦労した。代わりに差し出せるものが出来てからは、食料系アイテムもらえるようになるからいいんだけどね」
キャラクターによってランダムに、すぐに習得できる職業もあればかなり苦労しても伸びない職業もあるとは聞いていたけれど、習得不可とは。
「農民、できなくてもいいよ。バフつけてあげられなくてごめんだけど。ここは他にもやることがたくさんあるから。けーくんのやりたいことと、できることやれば」
そうか、だから彼はずっと、柿の木をアイテムのまま持っていたのか、とふと気付く。実のなる木を植えても、収穫は「農民」じゃないとできない。けーくんのくれた柿は、そろそろ実をつけるだろう。
「おれたちは柿採れるから、一緒に食べよう」
一緒に収穫できないのは少し寂しいけど、一緒に食べられるならまあいいんじゃないかな。けーくんは、ありがとう、楽しみだねと笑った。
3人目の村人、太郎くんが来たのは突然だった。まだ崩れたままの村の門から、こんにちはーと叫びながら訪れたのが、太郎くんだ。はぁい、と応えてそちらへ駆け寄る。
「おわ、たぬきだ」
「ぽんです。こんにちは」
「こんにちは」
短い金の髪の少年だった。紫の目に片眼鏡をはめて、手も足も隠れるようなだぼっとした服を着ている。
「僕は太郎。ここに入れてくれる?」
「来客登録? べつにいいけど、何か用?」
「違う違う。ドリフトで来た初心者なんだ。この領地に所属したいってこと!」
ドリフトというのは、所属のないプレイヤーが使える魔法で、ランダムな領地に飛ばす効果がある。
「うち、はじまったばかりのよわよわ領地で、たぶん発展してもつよつよ領地にはならなくて、アクティブ人数も少ないんだけどいいの?」
少ないっていうか、後ろからゆっくり追いついてきた、ミミとけーくんとおれだけなんだけど。
「うん、いいよ」
太郎くんは、あっさりと頷く。うーん、おれはこの領地もメンバーも好きだけど、一見の人に加入申請してもらえるところには到達してないと思う。
「……もしかして、たぬき過激派の方ですか?」
「なにそれ!」
ウケる、と太郎くんはげらげら笑った。違うらしい。え、じゃあ他に理由ある? 目を細めていたけーくんが、口を開く。
「レベル12は確かに初心者だね。でも、『賢者』って、レベル12の初心者が持つには、かなりレアな職業だけど」
「らしいね。開始ボーナスの修練の香でゲットしたんだ」
太郎くんは、にんまりと笑う。開始ボーナスは、その名の通りゲーム開始時に付与されるいくつかのレアアイテムのことで、そのうちひとつが無条件でランダムに新しい職業をひとつ得られる「修練の香」らしい。おれはもらってないけどね。神獣って得なんだか損なんだかわからない。じゃん! と太郎くんはポーズをとった。
「この片眼鏡と魔術書、いーでしょ! このビジュ見て始めたんだよ」
「ほしいレアの職業を一発ゲットとは、すごいですね」
ミミの感嘆に、太郎くんは握りこぶしをえいえいと突き上げた。モーションが激しいな、太郎くん。
「僕ね、すごーく、運がいいんだ。だからドラフトで着いたここが、きっと僕にぴったりの場所!」
なるほど、くじを信じている、と。ギャンブラーかな?
「とにかくお入りよ。とりあえず、村を見せるよ」
来客設定をして、村に招き入れる。レベル12なら、ミミとけーくんがいる場所で何かできるわけもないし。
「わー廃村~」
「わー正直~」
これでもけっこう、いい感じになってきてるんですけれども。
「客観的な感想をいただけてよかったですね。荒地から廃村までは来たようですよ」
「それフォローになってないと思うよ」
けーくんが自分の家の軒先を貸してくれる。所属者は領地に家を持てるので、レベルの高いけーくんは、ごろごろしたくなるような広間と縁側のあるいい感じの家をさっさと建てている。おれもよくお邪魔をしている。とりあえず今日採れたトマトとお茶を出して、成り立ちをざっと説明する。
「初期神獣?!僕より全然、神った引きじゃん!」
神獣だけにーと太郎くんが激くだらないことを言い、ミミが静かにウケていた。ミミは、変なところでツボる。
「それにしても、アクティブ3人かあ。募集とか、かけないの?」
全世界向けチャットがあって、そこで領地の加入希望者を募ることもできる。それは知っているのだけれど。
「うーん、実はそんなに定員の空きがないんだよね」
おれと領地のレベルがそんなに高くないこともあって、所属人数はそこまで多くない。そしてこの領地には、残された人たちがいる。おれが引き継いでから、一度もログインしてこないけど。
「もう辞めてる人たちを所属したままにしてるってこと? 一定期間ログインしてないプレイヤーは、除名できるでしょ」
できる。できるけど、おれより前にいた人を、後から来たおれが追い出すのがなんか踏ん切りがつかず、二の足をふみふみしているのだ。それにちょっぴし、見栄もあったりして。
「もう少し領地が整ってから、こんな村もいいでしょ、どうですか!って言いたいかなって」
「ふぅん」
おれたちは何となく、この領地を「村」と呼ぶようになっていた。みんながここでのんびり好きなことができる、ゆっくり暮らせる、みんなの故郷みたいな場所を目指している。ちなみに名前は「ぽんぽこ連合」だ。
名前に関しては! 名前に関してはお許しいただきたい。ユーザーネームがぽんで、たぬきの神獣割り当てられたらとりあえずはそうつけるでしょ? そうでしょ? だってあとから変えられると思ったんだもん! 変えられなかったんだもん!
というの思いは心のなかにしまっておく。
「でも、いっしょに作りたい人もいるかもよ?」
「あ、そうか」
ちょっと盲点だった。地味な作業だけど、おれはちみちみ地面を直してちょこちょこ草とか木とか植えていくの楽しいもんな。そういう人が他にもいるかもしれないよな。うーん、でも今いる人たちの踏ん切りがつくまでは、やっぱり大々的な募集しにくいなぁ。ぴこん、と新着通知のボタンが鳴った。太郎くんが、にひひ、と笑っている。
「とりあえず僕はそのタイプだから、やっぱりぜったい大丈夫。ね、いーれーて」
「いーいーよ」
今の現状を知っても自分の運を信じて突き進むその意気や良し。ぽちりと承諾する。ミミからはまた、相談してくださいって言ったでしょう、ともふもふされた。それを見て、太郎くんは爆笑していた。陽気だ。
=====
そこからしばらくは、4人で過ごした。毎日ちょっとずつ、田畑を広げて、木を植えて、道を整えて、城壁を直す。ミミが川を作りたいというナイスアイデアを出してくれたり、太郎くんが日課報酬の宝箱から、とんでもねーえげつねーレアアイテム連発したり、けーくんが薙刀も使える「武将」とかいう職業をゲットしてけーくんにもバフの恩恵ができるようになったり、いろんなことがあって、おれは毎日とても楽しかった。神獣レベルも30。村もかなり、きれいになってきている。
そんなある夜ログインすると、きれいな満月だった。この世界には、大きな白い月がひとつと、小さな青い月がふたつある。その3つがぜんぶ、まん丸だ。楽しくなって、跳ねながら広場へ向かう。そこにはもう、3人がいた。
「おおぅい、みんな、月が綺麗だねえ」
「え!? ぽん様、それって」
「ミミ、勘違いだよ」
「勘違い、させてあげなよ、けーくん」
何かわーわー言い合っている3人に近づきながら、能力のなかに、昨日までなかった「舞」というボタンがあるのに気が付いた。ぽちりと押してみる。
♪しょう・しょう・しょうじょじ
あまりにも聞き覚えのある曲があたりに響いた。ミミもけーくんも太郎くんも、ぽかんとおれを見た。おれだっておれを見られるなら、そんな顔して見ていたと思う。
♪しょうじょうじのにわは
ぽんぽん。無意識に、前足を叩き合わせると、なにやらとても小気味の良い音がした。おお、これはもしかして。
♪つ・つ・つきよだ
二足歩行! 二足歩行やりました! おれがステップを踏みながらコロンビアポーズで3人を見ると、ミミは固まっていて、けーくんは微笑んでいて、太郎くんはあと少しで死ぬんじゃないかなってくらい笑いころげていた。
♪みんなでて・こいこいこい
後ろ足のステップは勝手に続く。これが「舞」の仕様なんだろう。盆踊りっぽいけど。
♪おいらのともだちや ぽんぽこぽんのぽん
前足は自由が効くので、合間合間に拍手をした。ぽんぽんぽんと良い音がするので楽しい。ほんとうは腹鼓でできたら恰好いいのだが、そうはなっていなかった。おれはいかんせん、たぬきにしては細身なので仕方ないか。
そんなこんなで、しめやかにラストまで踊りきる。ふぅ、やりきったぜ。二足歩行は「舞」のあいだだけらしく、おれはよつあしに戻ってみんなに駆けよった。けーくんが、拍手をしてくれていた。太郎くんは「w」が飛びまくっていて、ミミは相変わらず固まっている。微動だにしない。
「ミミ、バグっちゃったのかな?」
「大丈夫だよ。バグったのはゲームじゃなくて、ミミ本人だから、そのうち戻ってくるよ」
「ひぃ! それ、大丈夫じゃないでしょ、や、やば、やばすぎ、もうこれ以上笑わせないで」
おぉ、太郎くんがローリングしている。陽気だね。
「今の新しいスキル?」
「うん、舞ってボタンが出来てて」
見直すと、もう押せない。先ほどは出ていなかった説明が出ている。習得条件が、レベルが25以上であること。すべての月が満月の夜空を見上げること。使用条件が、夜であること。なるほど。
「あ、一度使うと次の仕様までにチャージに約2か月必要だって」
「けっこう掛かるね。効果は?」
効果は、と確認しているところに、ぴこん、と新着通知のポップアップが出た。これは、この領地に所属している人がログインした音だ。でも、3人とももうログインしているのに? と首を捻ったところで、メッセージが流れる。
「え、たぬきがいる!」
「ほんとだ! てか、誰? 何?」
ひとまとめにしていた「村人の家」から、ぞろぞろと色とりどりのキャラクターが現れてこちらに向かってきていた。
=====
なんでも、あの「舞」には、住人にランダムにポップアップメッセージが飛ぶ効果があったらしい。けっこうやばい。
彼らのうち何人かは、正式にゲームを辞めるとアカウントを消していったけど、だいたいはせっかくだからとゲームを再開した。何人かは経験値を積んで、職業を選んで、新しい領地を探しに行ったけれど、残って続けてくれた人も多い。
「前の神獣は、魔物と戦って経験値上げてなんぼ、みたいなとこあったから。早く早くって、ずっと急かされてるみたいで止めちゃったの」
「こんなスローライフゲーム的な遊び方もあったんだな」
「農民」のレベル急上昇中のふたりが面白そうに話し合っている。うん、やっぱり一個くらい、こういう場所があってもいいよね。
その後、あの「舞」の効果はもうひとつあったことに、しばらくしてから気付いた。農作物を収納していた倉から、「狸の誉」と墨痕鮮やかに描かれた徳利がいくつか見つかったのだ。信楽焼の狸パイセンが持ってるみたいなやつ。
「これは、お酒、かしら」
「どれどれ」
ミミが首を傾げると、賢者の太郎くんがサーチをした。
「使用者は、舞を踊るか、ランダムに仲間へログイン依頼を出すことができる、だって。使用期限は5回」
「どちらか、なんですね」
ミミは最近、「聖女」でいることが多くなった。農民は他にいるようになったから、聖女の職業で出来ることをするようになったらしい。茶色の着物のミミも好きだけど、最初に出会ったときの、白くてふわふわのミミはやっぱり特別かわいいなと思う。「聖女」はなによりおれの力を底上げしてくれるらしくて、おれはもうすぐ領地内の荒れた地面をすべて修復できそうだった。
「初めて見たな」
けーくんがそう言うならレア確定だ。
「他の領地に、交易に出してみようか?」
他の領地とは、敵対するだけでなくて、交流や交易ができる。交易は物々交換だ。領地の情報を知られるのを嫌うところはなかなか出てこないけど。悪い人も、いるからねえ。用心も大切。
「これ、需要あるかな?」
「アイテムコンプリート目指してるプレイヤーもいるし、キャラクターが舞ったら面白い、と思うプレイヤーも多いと思うよ」
「あ、なるほどそっちか」
音楽が勝手に流れてきてステップ踏むもんな。面白がる人は居そう。太郎くんが、賛成~と両手を上げる。
「交易、してみようよ。この領地レベルでレアものあるってばれても、Kさんいるなら守護は万全だしね」
「俺は農地には貢献できないからね、そのくらいはがんばるよ」
けーくんはさらりと頷く。最近少し、廃人時代に戻ってきている気がする。この領地と相性の良い職業のレベルアップに余念がない。
「私も賛成です。そろそろ自分たちで獲得できる以外のアイテムがほしい場面が出てくると思います」
ミミは最近、聖堂をカスタマイズしたいと熱心にいっている。ぽんさまにふさわしいおうちにして見せます! と拳を握っていた。じゃあそろそろ、ぽんぽこ連合も、黄昏の大陸にデビューしますか。
=====
世界デビューしてからも、いろんなことがあった。「狸の誉」と交換で激レアな生垣を手に入れてナイスな塀が決まったり、けーくんの前の仲間がいるところと連盟を組んだり、たぬき過激派の人たちが所属を希望してきたり。え、そんなことある? 複数いることある?
……まあとにかくこうして、生産最難関の「米」を実らせられるまでになって。おれの目指す豊かな、みんなの返ってくる場所が、ちゃんと出来た。
感慨深く見守る前で、稲はがんがん刈り取られていく。
「みんな、はやーい」
「農民へのバフは伊達じゃないね」
米は、良い交易品になる。みんなが欲しいものを手に入れられる。みんな、何が欲しいかな。また聞かなきゃね。尻尾をぱたぱた、思案中。
「ねえKさん、代わりますよ」
ミミが微笑んで両手を差し出してきたので、おれは前足でばってんを作った。
「ミミは、わしゃわしゃしてくるから、だめー」
「うっかわいい」
「ミミも慣れないねえ」
「過激派なので……」
「そっかあ」
おれはたぬき、名前はぽん。神獣、レベルは67。二足歩行はまだできないけど、ここでみんなとぽんぽこ頑張ろうと思っている。




