上:レベル1の神獣、聖女と出会うこと
いちめんの稲穂が揺れている。風ではなくて、実りの重みで揺れている。こうべを垂れるというけれど、誰かに頭を下げているというよりは、うつらうつらとまどろんでいるように見えた。
「きれいだねえ」
「そうですねえ」
何でもないつぶやきに、左隣のミミが頷いてくれる。最初おれがここに来た時、この土地は荒れ果てていた。そこから、やっと、ここまで来た。領地を覆う生垣、それぞれの家、生き生きとした木々、季節の野菜を採る畑、そしてこうして稲穂の実る水田まで。
「稲穂は、今日が見納めになっちゃうけど」
「また見られるよ。僕たちが、頑張れば」
なんとなく感慨深くなっていたら、右隣のけーくんが笑う。うんうん、そうだね。何度でも、みんなで、見たいなあ。
「ねー、号令まだぁ?! みんなもう配置着いたよ!」
稲穂のあいだにある影がひとつぴょこぴょこ跳ねる。太郎くんだ。まわりがどっと笑った。今日は、みんなで収穫祭。けーくんがひょいとおれを持ち上げてくれる。もともと櫓のうえにいるのだけれど、これでさらにみんなに良く見える。ありがとうと尻尾を振った。
「ぽんぽこ連合のみんな! ここまで大事にお米を育ててくれてありがとう! 稲刈り、始めよう!」
おれが叫ぶと、応えるようにわっと歓声があがり、みんながそれぞれに動き出した。
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黄昏の大陸。そこは、人が生きていくには過酷すぎる土地だった。痩せた大地、厳しい天候、頻発する災害、跋扈する魔物、そしてわずかな肥沃の地を奪いあい争う人々。
心優しき宵星の女神は人々を憐み、神獣たちを遣わした。
「これは神々の力を分け与えたものたち」
「神獣のもと心をひとつになさい」
「あなたたちならば、魔を打ち砕き、土地を拓き、天災を耐える力を持てるはず」
こうして人々は神獣たちのもとへ集い、それぞれの力を活かして、過酷な地で営みをはじめた。この大地の、あまねく平和を目指して……。
大人気のオンラインゲーム、「黄昏の大地にて」。そのオープニングを見終わり、おれはひとつ頷いた。おっけーおっけー、神獣を隊長にして、チームを作って領地を育てていくみたいな感じね。理解。
で? それは理解したけど、おれの初期職業が神獣なのはナニゴト?
「ぽん」さんに与えられた職業は以下の通りです。
職業:神獣
レベル:1
所属:エリアF‐8第85地区
黄昏の大地へ降りたちますか?
しごくかんたんな画面の表示を何度も見直すが、どうやら間違いないみたいだ。このゲームは多様な職業が存在することも人気の理由のひとつで、初期に与えられる職業の他に、経験値や条件によっていろいろな職業が獲得できる。
そのなかでも神獣は、獲得条件もはっきりしない、獲得が最難関の職業だった。ざっと調べた限り、初期職業が神獣なんてことがあるとは、どこにも出ていなかったけど。うーん、わからん。
そして、わからんことがもうひとつ。文字の表示の下、くるくるとまわっている、茶色のふかふか。おれのキャラクターらしいのだが。
「たぬき、だよな、これ」
丸めのフォルム、ぼさぼさの尻尾、顔の黒い模様。少しつんつんした毛の感じがなんともリアル。犬に似ているけれど、たぬきだ。かわいい。かわいいし気に入ったけど、あの壮大なオープニングでたぬきが神獣なことあります?
「神々しさはゼロだな、いまのところ」
これ、名前のせいでなったんだろうか。まあ、とりあえず進めてみるか。OKのボタンを選択すると、画面が切り替わる。
今いる場所として、聖堂、と表示があるけれど、そこは生垣に囲まれただけの小さな空間だった。一本の木と、芝生しかない。操作の練習もかねて、一周してみる。おぉ、四足歩行……効果音が、ぽてぽて、だ。
歩く以外には、顔を上下させたり、尻尾を振ったり、きゅうきゅう鳴いたり、できる。メニューも確認したけど、二足歩行とか、魔法とかは、できない。いろいろ試してみたけれど、今のところ、一般的なたぬきが出来ることしかできない。
「これ、マジで神獣なのかなあ?」
てしてしと足を踏みをしていると、ふと木の根元が光った。分かりやすく、魔法陣だ。白い光が点滅し、人のかたちが浮かび上がった。
「あらあら、まあ、なんてこと」
現れたのは、白のロングドレスを着た青い髪の女性キャラクターだった。花とハートと笑顔のマークを飛ばしている。そのたびにきらきらとエフェクトが掛かって、ケープや裾や袖口のフリルがひらめいてかわいい。
「私は、聖女のミミと申します。お名前をお伺いしても?」
「おれは、ぽんだよ」
「ぽんさまですね。お名前まで、とってもすてき」
口元を抑えて、ミミが微笑む。ははーん、なるほど。これは、チュートリアルのキャラだな? かわいいね。
「ぽんさまは、この地にいらしたばかりのようですね?」
「今日が初めて。それこそ、いま来たばっかりなんだ」
「初めて、ですか? 初めてで、神獣?」
「あ、やっぱりおかしいんだ」
「聞いたことがありません」
こてん、と首を傾げたミミは、すぐに微笑む。
「ただ、そもそも、神獣については分かっていることの方が少ないですから。とってもかわいいですし、何も問題ありませんよ、ぜったい」
秒で無責任なことを言われた気がするけど、まあ、可愛いのは確かだしな、とおれも無責任に納得しておくことにした。
「聖堂の外、あなたの領地をご覧になりませんか?」
「うん、見てみたいな」
ミミと連れ立って、生垣の切れ目から聖堂の外に出る。画面が切り替わり、領地、と表示されたそこは、荒野だった。地面はひび割れ、小石の混じった砂に覆われている。家らしきものがちらほらと見えるが、人影はない。何があったのか、焼け落ちた木が数本、幽霊のように突っ立っている。あらあら、とミミが呟く。
「ここは、放棄された土地のようですね」
「放棄?」
「ええ。神獣がいちど遣わされたものの、なんらかの理由で、出て行ってしまった土地です。神獣と人々の豊かな聖域になるはずが、放棄されてしまった」
枯れた薄茶色の地面は、物悲しい。時折強い風が吹き、おれの毛並みをぞわぞわさせ、折れてぶら下がった木の枝を揺らしていた。
「メニュー画面を開いてみてください。ご自身のステータスとはべつに、領地のステータスがあるはずです。領地はリセットされてレベル1になっているでしょうが、小屋があるので、所属者が残されているようです。名簿がありませんか?」
教えられた通りに進むと、確かに数十名のリストが出てきた。レベルは総じて高くなく、ログイン日は一か月以上前のものばかりだ。それ以外の情報やログは何もなく、前にどんな神獣がいたのかなどは不明だった。
「この地から離れた神獣と人たちの情報は、ここには残りませんから。おそらくですが、熱心な人々と共に、より自身にあう土地へ移住したのでしょう」
じゃあ、この人たちは置いて行かれた人なのか。ちょっと悲しい。もちろん自分の意志でついていかなかった人も、そもそも止めてしまった人も、いるのだろうけれど。
「神獣にあう土地っていうのは、どういう意味?」
「そうですねえ。口で説明するより見るのが早いと思いますから、どんな領地があるのか、見に行ってみませんか?」
「そんなことが出来るの?」
「通常、そこに所属していないものが主である神獣の許可を得ずに領地に入ると、一定のダメージを受け続けます。強力な神獣であれば、数分で侵入者を瀕死にし、そのものを外に飛ばすことも可能です。ただ、私の職業である聖女は特性のひとつとして、どこの領地にも、来客として入ることができるんです。私と一緒に移動すれば、ぽんさまも来客として扱われますから、大丈夫ですよ」
「すごいねえ」
「うふふふふ。その代わり、攻撃能力などはほとんどないんですけどね」
ミミはロッドを装備した。ロッドから光が溢れミミとおれを包み込む。
「では、行きましょう。善は急げです」
画面が真っ暗になって、切り替わっていく。ミミはいくつもの神獣と領地を見せてくれた。蛇の尾を持つ虎と、敬虔な僧侶たちの問答が響く竹林。双頭の黒い犬と、騎馬兵や竜騎兵が守る城塞。火の粉を吹く翼の鸚鵡と、舞姫たちが行き交う密林の天幕。オッドアイで金の鬣の馬と、魔法使いの築く空中都市。水晶の甲羅の亀と、海軍の旗を掲げた軍艦。
あまりにもバラエティに富んでいる。めまいがしそうで、もとの自分の領地に戻ってきたときにはほっとしてしまった。荒地なのに。
「どうでしたか?」
「くらくらしてる」
おれが頭をぶるぶる振って見せると、ミミがあらあらと笑った。
「いくつか聞きたいんだけど」
「もちろん」
「まず、おれってほんとに神獣なのかな?」
見た神獣はぜんぶ、でっかかった。だいたいが人より大きい。亀なんて、軍艦と同じ大きさだった。対して、おれ。おそらく標準のたぬきサイズ。そして彼らは、普通の動物とは違う部位を持っていた。対して、おれ。鼻の先から尻尾の先まで、たぬき。
「これは推測なのですが」
前置きをして、ミミが答える。
「レベルアップで、お姿は変わると思います。多くの職業はそうですし、神獣にもおそらくそれは適用されます」
これがレベル1の聖女です、と見せてもらった画像は、確かに今のミミよりだいぶすっきりした服装をしている。どの職業も、レベルアップで自分でカスタマイズできる幅が広がるらしい。
「噂ベースになりますが、基本的には神獣とは、高レベルのプレイヤーが宵星の女神の啓示を受けて、転じるそうです。その際、レベルは引き継ぐとか。つまり、最初からレベルの高い神獣になるんですね。ぽんさまのようにレベル1の神獣は、そういうお姿であるのが普通であるのかもしれません」
おお、つまりおれも、いつか二足歩行で立派な腹鼓を叩ける狸になれる可能性がある……? めざせ信楽焼の狸パイセンいける……?
「何にせよ、ステータスが神獣であられるなら、神獣です。まったく、問題はありませんよ。おかわいらしいですし」
またそれかい。
「あ、でもレベルアップでどんな姿になってもきっとかわいいですよ」
謎のフォロー、ありがとう。まあおれ、かわいいもんね。二足歩行の夢を持ちつつ、自分が神獣であることは確定としよう。
「あと気になったのが、それぞれの領地の人がだいたい似た感じのキャラクターで固まってたことなんだけど。あれは神獣と一緒にいると、同じようなビジュアルとか職業になってくの?」
飼い主とペットは似てる、みたいな。ちょっと違うか。
「それもありますが、神獣によって、それぞれバフのつく能力や職業があるんですよ。だから、その職業をメインにしている人たちが集まりやすいんです」
ぽんさまにもあるはずです、と言われて、ステータス画面のあちこちを探し直す。あったあった。
強化される武器:薙刀。
強化される魔術:幻術。
強化される職業:農民。
「農民? 農民って戦う?」
「農民は戦闘には加われません。ただ、サブの職業として、ほとんどのプレイヤーがキープしていると思います。農民の生み出せる『食料』は、自分自身のレベルアップにも、領地全体の維持にも、アイテムの作成にも欠かせませんから。聖堂や領地の景色も美しくなりますしね」
戦闘は重要な要素ではあるけれど、日々の営みも重要な要素、ということらしい。
「ちなみに、普通は、職業をいくつかキープしておけるのですが、おそらくぽんさまは神獣おひとつになると思います」
やっぱり、他の職業とはかなり違っているんだな。
「強化される種類やパーセンテージは、レベルが上がると、増えたりもするみたいです」
ふむふむ。二足歩行のためにも、まだみぬ仲間のためにも、自分のレベルアップもがんばらなきゃな。
「それで、ぽんさま、どうされますか? この地を領地と定めますか? 別の場所を探しますか? 黄昏の大地は広大です。ここよりも条件の良い場所もあるとは思いますが」
森とか、山とか、もっとあれていない放棄地とか。うーん。おれはあたりを見回す。荒れ果ててはいるんだけど。
「ここを、良い場所にしたいな。農民にバフ掛かるなら、なんかこう、のどかな村みたいな。そういう場所が、あってもいいんじゃないかな」
ミミがいろいろなところを見せてくれて、そう思った。強かったりすごかったりピカピカしてたりするには、時間がかかるかもしれないけど。地面をきれいにして、木と草をよみがえらせて、作物を植えて、ぼろぼろの塀とか道とかを直したら。
「ここはけっこう、いい場所になるんじゃないかなと思うんだよね」
「ふふふ」
ミミが口に手をあてて、ふんわりと笑う。
「すごく良い。すごく、良いと思います」
ぴこん、とメニューボタンに赤いマークがつく。新着の通知だ。なんだろうと見たら、ミミからの入村申請だった。
「私もご一緒させてください」
チュートリアルのAIだと思っていたミミは、なんとプレイヤーだった。




