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魂を縫う星の裁縫師〜落ちこぼれスキルで神々の衣を紡ぐ俺、いつの間にか創造神になってた件〜

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/11/12

「また、死んでしまった……」


アレン=フィーネは、小さな亡骸の前で膝をついた。


貧民街スラムヴェイルの路地裏。冷たい石畳の上で、少女は息を引き取っていた。

栄養失調と病で痩せ細った身体。彼女はアレンが面倒を見ていた孤児の一人だった。


「すまない……すまない……」


震える指で少女の瞼を閉じる。アレンの目はもう乾ききっており、もう涙さえ出なかった。

これで何人目だろう。彼が救えなかった命は。


十六歳のアレンは、この世界アストラリオンにおいて最も忌み嫌われる存在だった。

理由は彼に授けられた固有スキル——【魂糸ソウル・スレッド】。


「死者の魂を縫い合わせる」


それだけの能力。生者には何の役にも立たない。戦うこともできない。金を稼ぐこともできない。

ただ、死んだ者の魂を一時的に繋ぎ止め、せめて穏やかな来世への道を整えることしかできない。


「最弱スキル」

「忌み子の印」

「死神の手先」

人々はアレンをそう呼び、唾を吐いた。


それでも彼は、細々と裁縫師として生きていた。破れた服を縫い、ほつれた布を繕い、わずかな銅貨で孤児たちを養っていた。


だが——それでは足りなかった。


「もっと強い力があれば……もっと、人の役に立つスキルだったら……!」


拳を握りしめる。指に刺さった針が血を滲ませる。


その時だった。


ゴォォォォン——


夜空が、裂けた。




流星ではなかった。

星そのものが、墜ちてきたのだ。


白銀の光の奔流が貧民街の外れ、廃墟の教会跡地へと突き刺さる。轟音と共に大地が揺れ、空気が悲鳴を上げた。


「な、何だ……!?」


アレンは少女の亡骸を抱えたまま、光の墜ちた方角を見上げた。


世界アストラリオンでは、星は単なる天体ではない。

星は命を宿し、魂を育み、人々に運命を授ける「神の化身」なのだ。


その星が墜ちるということは——


「神が、死んだ……?」


駆けていた。


少女の亡骸を路地の隅に安置し、アレンは廃墟の教会へと走った。

理由は分からない。ただ、胸の奥で何かが呼んでいた。


『来て——』


聞こえた気がした。か細い、けれど澄んだ声。


教会跡地に辿り着くと、そこには巨大なクレーターが口を開けていた。

中心に、少女が倒れていた。


いや——少女の形をした、光だった。


銀色の長髪が月光のように揺れ、白い肌は半透明で、身体のあちこちに亀裂が走っている。まるで割れかけた陶器のように。


「君は……」


近づくと、少女はかすかに目を開いた。星屑のような瞳が、アレンを映す。


「……あなたは、裁縫師……?」


「どうして、それを……」


「魂の匂いが、する……ああ、なるほど。【魂糸】の継承者……」


少女は微笑んだ。苦しげに、けれど優しく。


「私は、セリア=アストラ。《星の座》第七位、契約と縁を司る女神……だった、もの」


女神——。


アレンは息を呑んだ。


「神が、どうしてこんなところに……」


「墜とされた、のよ。魔女ティスラに……魂を、喰われて……」


セリアの身体が、さらに砕け始めた。光の粒子が風に散っていく。


「もう、長くは保たない……せめて、消える前に……人の温もりを、感じていたかった……」


その瞬間、アレンの脳裏に光景が流れ込んだ。


孤独な星座の中で、ただ一人使命を全うし続けた女神。

誰にも愛されず、誰も愛せず、ただ運命の糸を紡ぎ続けた永い時間。


彼女は——自分と同じだった。


「待って」

アレンは彼女の手を取った。


「まだ、諦めないで」


「でも……あなたには、何も……」


「僕には【魂糸】がある」


針を取り出す。愛用の銀針。祖母の形見。


「死者の魂を縫い合わせるスキル。役立たずで、忌み嫌われる力。だけど——」


アレンは自分の指を針で刺した。血が滲む。

その血が光り、銀色の糸となって針に巻きつく。


「君が死者なら、僕にも何かできるかもしれない」


セリアの瞳が、大きく見開かれた。


「危険よ……神の魂は、人の魂より重い……下手をすれば、あなたの魂が焼かれる……」


「構わない」


アレンは笑った。初めて、心から。


「誰かを救えるなら——それが僕の、魂の使い道だ」



針を、刺した。


その瞬間、視界が反転する。

気づけばアレンは、星の海の中にいた。

無数の光が渦巻く空間。ここは魂の内側。セリアの存在そのもの。


そして——彼女の魂は、無数の亀裂で引き裂かれていた。


「これが、魔女に喰われた痕……!」


黒い牙の痕。吸い取られた光の欠損。バラバラに散らばりかけている魂の欠片。


「間に合え——!」


アレンは針を走らせた。

一針、一針。

魂の欠片を拾い集め、光の糸で縫い合わせていく。


かつて祖母に教わった縫い方。

「布は生きている。だから優しく、でも確かに縫いなさい」という言葉。


魂も、きっと同じだ。


丁寧に、慈しむように。

欠片と欠片を繋ぎ、傷を塞ぎ、失われた光を補う。


アレンの指先から、自分の魂が糸となって流れ出すのが分かった。痛い。苦しい。意識が遠のく。


それでも——止められなかった。


「アレン、やめて! あなたが死んでしまう!」


セリアの声が響く。


「いいんだ」


アレンは笑った。


「初めて、役に立ててる。初めて、誰かを救えてる。だから——」


その時、針が、光った。


【魂糸】が——進化する。


銀の糸が虹色に輝いた。

アレンの魂と、セリアの魂が、完全に調和する。


欠片は元の場所へ戻り、亀裂は光の縫い目で閉じられ——


セリアの魂が、完全に蘇った。


目を覚ますと、廃墟の教会にいた。


アレンの腕の中で、セリアが目を開く。もう光の欠片ではない。

温もりのある、確かな人の身体。


「あなた……私を……」


「良かった……間に合った……」


アレンはその場に崩れ落ちた。魂を削った反動で、身体が動かない。

セリアは彼を抱きしめた。


「ありがとう。あなたは私を救ってくれた。いえ——私の魂を、"繕って"くれた」


涙が零れる。千年生きた女神が、初めて流す涙。


「だから今度は、私があなたを支える。あなたの旅路を、導かせて」


「旅路……?」


「ええ」


セリアは夜空を見上げた。

そこには、巨大な亀裂が走っていた。


世界アストラリオンは、今まさに壊れかけている。魔女ティスラが魂を喰らい続け、星々の繋がりが断たれている。

このままでは、世界そのものが消滅してしまう」


「世界が……」


「止められるのは、あなただけ。【星魂縫製】——世界の理を繕う力を持つ、新たなる神」


アレンは立ち上がった。身体はまだ重いが、不思議と力が漲る。


「僕が、神……?」


「まだ半分だけれど。完全に覚醒するには——」


その時だった。


「見つけたわ、星神の残滓」


声と共に、闇が降りた。


黒いローブをまとった女が、宙に浮かんでいた。蒼白い肌、血のように赤い瞳。

これが魔女ティスラか。


「セリア、まだ生きていたのね。さすがに魂糸の継承者。でも無駄よ。その少年ごと、今度こそ喰らい尽くしてあげる」

ティスラの背後から、無数の黒い触手が伸びる。魂を喰らう牙。


「逃げて、アレン!」


「嫌だ」


アレンは針を構えた。


「僕は——もう逃げない」




触手が襲いかかる。

アレンは針を振るった。


銀の軌跡が宙に描かれ——触手が、縫い止められた。


「なに……!?」


「君の呪いも、魂の糸で編まれている。なら——繕える」


アレンは駆けた。

触手を避け、かわし、針を走らせる。一刺しごとに、呪いが解けていく。


「ふざけないで! 私は千人の魂を喰らった! 万の呪いを編んだ! 貴様のような小僧に——!」


ティスラが咆哮する。


だが——その声には、怯えが混じっていた。


「君は、怖いんだね」


アレンは静かに言った。


「誰にも必要とされないことが。忘れられることが。だから力を求めた。

魂を喰らって、自分の存在を確かめようとした」


「黙れ!」


最大の触手がアレンを貫こうとする。


その瞬間——

セリアが飛び出し、光の盾で防いだ。


「アレン、今よ!」


「ありがとう、セリア!」


アレンは跳躍した。


ティスラの懐に飛び込み——針を、彼女の胸に刺した。


「痛っ……!?」


「君の魂も、誰かに縫われたかったんだね」


針が光る。虹色の糸が、ティスラの魂を包む。


「や、やめて……私の中を、見ないで……!」


だが遅い。


アレンは見てしまった。孤独な少女の記憶。

誰にも愛されず、何者にもなれず、ただ空虚に生きた日々。


「君も、救いたい」


アレンは優しく、ティスラの魂を縫った。

呪いを解き、傷を癒し、失われた光を取り戻す。


「どうして……どうしてよ……私はあなたを殺そうとしたのに……」


「それでも、君は救われるべきだから」


針を引き抜く。


ティスラの身体から、黒い瘴気が消えた。

彼女は地面に膝をつき、初めて声を上げて泣いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


セリアが彼女を抱きしめる。


「もう大丈夫。あなたも救われたのよ」



だが——まだ終わりではなかった。


空の亀裂が、広がっていく。


「世界の裂け目……ティスラが開けた傷が、閉じない……!」


セリアが叫ぶ。


亀裂から、虚無が流れ込んでくる。

星々が消え、空間が歪み、世界が崩壊を始めた。


「このままでは、全てが無に還る……!」


「なら——」


アレンは空を見上げた。


「縫えばいい。世界そのものを」


「無理よ! 世界の魂は神でさえ触れられない! もし失敗したら、あなたの存在が消滅する!」


「それでも」


アレンは笑った。


「やらなきゃ、みんなが消える。君も、ティスラも、貧民街の子供たちも。それは——嫌だ」


針を天に掲げる。


その瞬間、アレンの身体が光に包まれた。

彼の魂が無限に広がり、世界と一つになる。


星々の声が聞こえる。人々の祈りが聞こえる。

生と死、光と闇、全ての魂の糸が、見える。


「見える……世界の、縫い目が……!」


アレンは針を振るった。

虹色の糸が天空を駆ける。


亀裂に針を刺し、欠けた星々を縫い合わせ、失われた空間を繋ぎ直す。


一針。


二針。


三針——。


気が遠くなるような作業。だが、止まらない。

祖母が教えてくれた。「最後の一針まで、丁寧に」


だから——最後まで。


セリアが祈る。ティスラが力を貸す。

貧民街の孤児たちが、遠くから空を見上げて願う。


その全ての想いが、糸となってアレンに集まる。


「みんな——ありがとう!」


最後の一針を、刺した。


その瞬間、世界が、光に包まれた。


亀裂は完全に閉じ、星々は元の輝きを取り戻し——世界アストラリオンは、救われた。





気づけば、朝だった。


廃墟の教会に、柔らかな陽光が差し込んでいる。

アレンは地面に座り込んでいた。身体は無事。だが、不思議な感覚。


「君は……」


セリアが微笑む。


「創造神となった。でも、神である前に人であることを選んだ」


「そうか……僕は、まだ人なんだ」


「でもね」


セリアは空を指差した。

そこには、虹色の糸が一本、空を横切っていた。


「あなたが縫った糸は、永遠に残る。千年後も、万年後も。人々はあの糸を見て、こう語るでしょう」


「何て?」


「《星を縫った裁縫師の伝説》」


アレンは笑った。

ティスラも、浄化されて穏やかな顔で眠っている。


「さあ、帰ろう」


「どこへ?」


「貧民街。まだやることがある」


少女の亡骸を、弔わなければ。孤児たちに、食事を作らなければ。

破れた服を、繕わなければ。


「君は本当に、英雄には向いてないわね」


「英雄じゃない。俺は裁縫師だから」


二人は廃墟を後にした。

空には虹色の糸が輝き、新しい朝を告げていた。





それから千年後…



星降る夜、子供たちは空を見上げる。

虹色に輝く一本の糸。


「ねえ、あれは何?」


「《星縫いの糸》よ。昔々、最弱のスキルを持った少年が、世界を縫い直した奇跡の痕」


「本当にあったの?」


「ええ。今でも、優しい心で誰かを繕う人がいれば——あの糸は、輝き続けるの」


子供たちは願った。

いつか自分も、誰かを救えますように。


空の糸が、一層強く輝いた気がした。


【完】

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