隣人
俺の住んでいるアパートは古く、壁も床も薄い。隣の部屋の物音やテレビの音まで聞こえてくるような作りだ。ある夜、夜中の1時過ぎに隣から低い男の声が聞こえてきた。何かぶつぶつと独り言のように喋っている。耳を澄ますと、どうも会話しているようだった。だが声は一つしか聞こえない。
「お前は黙ってろ」「いいからそこに座ってろ」
そんな言葉が断続的に聞こえてくる。気味が悪いので、その日は布団をかぶって眠った。
翌日、大家にそれとなく聞いてみた。「隣の人って、誰が住んでるんですか?」大家は少し困ったように笑った。「え? 隣? あそこはもう半年以上空き部屋だよ」
背筋が冷たくなった。だが俺は信じきれず、夜になると再び耳を澄ました。やはり声は聞こえる。しかも今度ははっきりとした会話だった。
「聞いてるんだろ」「お前のことも、全部わかってるんだ」
慌てて壁から離れたが、心臓がうるさく鳴ってどうしようもない。声は確かに隣から聞こえてくる。だが大家は「空き部屋だ」と言った。
数日後、耐えられなくなった俺は警察を呼んだ。事情を話すと、渋々隣の部屋を調べてくれることになった。合鍵でドアを開けると、中は埃だらけで家具も何もない。確かに人の住んでいる気配はなかった。だが、一番奥の壁に奇妙なものがあった。
壁一面に、びっしりと鉛筆で書きなぐられた言葉。「見ている」「話している」「隣のやつが答える」
俺はその文字を見た瞬間、体の芯から冷えた。なぜなら――その中に、たった一行だけ新しい文字があったのだ。
「今も聞いてるだろ?」