録画された部屋
大学三年の春、健司は格安で見つけた中古マンションの一室に引っ越した。築年数は古いが、オートロック付きで広さも十分。駅からも近く、条件としては申し分なかった。
ただ、初めて部屋に足を踏み入れたときから、妙な違和感があった。壁や天井に、小さな黒い点がいくつも並んでいる。シミにしては規則的すぎて、ふと「誰かに見られているのではないか」と思わせるような位置にあった。
引っ越し祝いに呼んだ友人が、酔いの勢いで天井を指差した。
「なあ、あれ……カメラじゃねえか?」
蛍光灯の脇に、小さなガラス玉のようなものが埋め込まれているのが見えた。確かにレンズにしか見えなかった。
翌日、健司は管理会社に連絡した。返ってきた答えは「前の入居者が勝手に取り付けたらしい」というものだった。撤去は後日になると言われ、とりあえずは気にしないようにして過ごすことにした。
だが、それから数日後の深夜、何気なくつけたテレビが砂嵐になり、次の瞬間、見覚えのある光景が映し出された。自分の部屋だ。しかも画面には、布団に横たわっている自分の姿が、天井から覗き込むような角度で映っている。慌ててリモコンを押したが、電源は切れず、黒い画面の中に自分の寝顔だけが浮かび上がっていた。
不安になった健司は、再び友人を呼んで検証することにした。深夜二時、ふたりでテレビの前に座ると、やはり砂嵐ののち、健司の部屋が映る。だがそこには、ベッドで寝ている健司だけでなく、壁際に黒い影がひとつ、じっと立っていた。人の形をしているが、顔も輪郭も曖昧で、塗りつぶしたように黒い。
「おい……なあ……」友人の声が震えていた。次の瞬間、画面の中の影が、ほんのわずかに首を傾げた。
友人が悲鳴をあげてコンセントを引き抜いた。画面はようやく消えたが、ふたりが振り返ると、本物の部屋の隅にも“同じ影”が立っていた。
それから影は一人、二人と日ごとに増えていった。最初は部屋の隅に一体だけ。次の晩にはふたり。その翌日には三人。健司が外に逃げ出そうと玄関を開けても、そこに広がっていたのはマンションの廊下ではなく、ざらついた砂嵐のような景色だった。
やがて部屋の壁際には十を超える影が並び、じっと健司を見つめ続けた。電話も通じず、警察も救急も来ない。唯一動くのはテレビだけで、そこに映るのは健司の部屋と、増え続ける影たち。そして最後には――画面の中央でこちらを見て微笑む、もう一人の健司の姿だった。
数日後、大学に姿を見せない健司を心配した友人が部屋を訪ねた。だが、部屋の中はもぬけの殻で、家具も荷物も人影も一切なかった。残されていたのはコンセントを抜かれたはずのテレビだけ。恐る恐る電源を入れると、映ったのは砂嵐の中に佇む健司と、壁際に整列する影の群れ。健司はゆっくりと顔を上げ、カメラ目線で笑った。
次の瞬間、画面は暗転し、二度と映像は戻らなかった。