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鳴らないはずの電話

結婚して間もなく、妻と二人で中古の一軒家を購入した。築二十年ほどの平凡な住宅で、駅からも近く、値段も手頃だった。

 ただ一つだけ奇妙な点があった。二階の一室に古い黒電話が残されていたのだ。ダイヤル式の、今ではもう使われないような型だ。


 不動産屋は「前の持ち主が置いていったもので、電気も電話線も切ってあります。インテリアと思ってください」と説明した。

 妻は少し嫌がったが、私は面白がってそのまま残しておいた。


 入居して一週間ほど経った頃の夜、寝室で眠りかけていた私は、不意に耳を疑った。

 ――二階から、黒電話のベルが鳴ったのだ。

 最初は空耳かと思った。だが妻も跳ね起きて「いま、鳴ったよね……?」と怯えた声を出した。


 電話線は繋がっていない。通じているはずがない。確かめに行くと、黒電話は沈黙していた。受話器を取ってみても無音だった。


 それから数日は何もなかった。しかし一度鳴ってしまうと気になって仕方ない。夜が近づくと、またあのベルが響くのではないかと身構えてしまう。


 やがて本当に、再び鳴った。今度は私一人のときだった。

 怖さよりも好奇心が勝ち、受話器を取った。

「……もしもし」

 耳にあてると、しばらく沈黙の後、小さな子どもの声がした。

『……パパ?』


 息が止まった。私はまだ子どもなどいない。

「誰だ?」と問い返すと、返事はなく、ただすすり泣きが続き、やがて途切れた。


 それから黒電話は、数日に一度の頻度で鳴るようになった。出るたびに同じ声が繰り返す。

『……パパ、迎えに来て』

『寒いよ』


 妻に打ち明けると、青ざめて「お願いだから処分して」と泣きそうに訴えた。だが私はなぜか、それを捨てられなかった。声の向こうに、本当に誰かがいるような気がしてならなかったのだ。


 ある夜、とうとう妻が激しく怒った。

「そんな電話、もう壊して! 私、気が変になりそう!」

 口論の末、私は仕方なく電話をガレージに運び出した。


 だが、その夜。寝ていると再びベルの音が響いた。今度は寝室の中からだ。

 振り向くと、机の上に黒電話が置かれていた。確かにガレージに運んだはずなのに。


 恐怖で声が出なかった。妻は布団の中で硬直し、涙を流していた。

 やむなく受話器を取ると、今度ははっきりとした声が聞こえた。

『……もうすぐ、会えるね』


 翌日、私は黒電話を叩き壊し、破片を粗大ゴミに出した。ようやく終わったと思った。

 ところが一週間後、妻が妊娠していることが分かった。喜びと同時に、背筋が冷たくなった。


 数か月後、生まれてきたのは男の子だった。

 初めて抱いたとき、私は血の気が引いた。赤ん坊は、はっきりと私を見上げて笑った。

 その笑顔が、受話器の向こうから「パパ」と呼んでいた声と同じに思えたからだ。


 さらに不気味なのは、その子が二歳になったある日のこと。

 物置にしまってあったはずの黒電話が、再びリビングに置かれていた。

 子どもは受話器を握りしめ、にこにことこう言った。

「パパ、電話出てたの僕だよ」


 妻と私は、言葉を失った。


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