病院のカーテン
社会人になって三年目の冬、私は体調を崩して市立病院に入院した。大した病気ではなく、一週間ほどの検査入院ということで、むしろ休養のつもりで気楽に構えていた。
病室は四人部屋だった。私は窓際のベッドを割り当てられ、隣には年配の男性、奥には中年の女性と、もう一人は高校生くらいの男の子がいた。カーテンで仕切ればある程度はプライバシーが守られる。
初日は特に何もなく過ぎた。看護師も優しく、検査を受けて食事をして眠るだけ。ところが二日目の夜、違和感を覚えた。
消灯後の静かな病室で、私は読書用の豆電球を点けて横になっていた。ふと、隣のベッドのカーテンが微かに揺れているのに気づいた。風はない。誰かが内側から触れているような動きだった。
やがてカーテンの隙間から、白い指が少しだけ覗いた。
私は息をのんだ。だが次の瞬間、その指はすっと引っ込み、音もなく消えた。
気のせいだと思い込もうとしたが、眠りは浅く、夜中に何度も目を覚ました。
三日目の朝、隣のベッドの年配の男性に挨拶をした。だが彼は怪訝そうな顔で、「昨夜は早く寝ちゃったから、よく覚えてないな」と首を振る。つまり彼の仕業ではなかった。
さらにその日の夕方、看護師に聞いてみると、彼女は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……隣のベッド、空いてるはずですけど」
私は混乱した。確かに毎晩人影を見ているのに、名簿上は「空きベッド」だという。
夜になると、またカーテンが揺れた。私は意を決してそっと覗いた。
中は暗く、誰もいないベッドがきちんと整えられているだけだった。
安心してカーテンを閉じた瞬間、背後からかすかな息遣いがした。振り返ったが、そこには私の布団しかなかった。
それから毎晩、同じことが繰り返された。揺れるカーテン、覗く白い指、時折かすかに聞こえる呻き声。私は限界に近づき、退院日を待ち望むばかりになった。
退院前日の夜、眠れずにいると、再びカーテンが揺れた。だがその時は違った。
今度はカーテンが一気に開き、隣のベッドに女が座っていたのだ。
痩せこけた顔、髪は乱れ、目は深い窪みの中で虚ろに光っていた。
私は声を上げられず凍りついた。女はじっとこちらを見つめたまま、低い声で言った。
「……私の部屋、取らないで」
次の瞬間、ナースコールのベルが鳴り響いた。慌てて駆けつけた看護師に状況を説明したが、彼女は蒼白な顔で私を見下ろしただけだった。
翌朝、退院の手続き中に、看護師が小声で打ち明けてくれた。
「実は、あなたの隣のベッド……去年、患者さんが急に亡くなったんです。まだ若い女性で、ずっと“退院できない”って苦しんでいて……」
私は言葉を失った。看護師は続けた。
「それ以来、たまに“見た”って言う患者さんがいるんです。でも……あなたみたいに声を聞いた人は初めてです」
家に戻った私は、ようやく落ち着けると思った。だが数日後、奇妙なことに気づいた。
自分の部屋のカーテンが、夜になると必ずわずかに開いているのだ。閉めても閉めても、朝になると同じ隙間が空いている。
そしてある晩、布団に入ろうとしたとき、部屋の隅のカーテンがかすかに揺れた。
そこから、白い指がゆっくりと覗いた。
私はその場に崩れ落ち、声を上げることもできなかった。




