見られてる部屋
社会人一年目の山本は、会社の寮を出て、ワンルームの安いマンションに引っ越した。築四十年の古びた建物だったが、職場から近く、家賃も相場より安い。
部屋に入った時、壁に大きな鏡が備え付けられているのが少し気になった。だが外せない作りになっており、不動産屋は「前の持ち主がこだわったらしい」とだけ説明した。
最初の一週間は何もなかった。だが二週目の夜、風呂から出て髪を拭いていると、鏡の奥から「コツ……」と小さな音がした。水滴が落ちたのかと思ったが、よく見ると鏡の表面ではなく、奥――まるで向こう側から壁を叩いたような響きだった。
その日からだ。
夜になると、必ず「コツ……コツ……」と鏡の奥で音がするようになった。山本は気味が悪くて、鏡の前に布をかけて眠るようにした。
ある晩、会社の飲み会で帰宅が遅くなった。酔ったまま布をかけ忘れて眠り、ふと夜中に目が覚めた。
視線を感じる。鏡の方を見た瞬間、全身が凍りついた。
布をかけ忘れた鏡に、部屋が映っている。自分が寝ている姿も映っている。だが――そこにはベッドの横に、黒い人影が立っていた。
慌てて振り向くと、部屋には誰もいない。再び鏡を見ると、人影は消えていた。
「見間違いだ……」と自分に言い聞かせたが、その夜は一睡もできなかった。
数日後、耐えられなくなった山本は鏡を叩いてみた。コンコン、と中が空洞のような音が返ってくる。壁ではなく、奥に空間がある。
管理会社に問い合わせると、驚くべきことを言われた。
「え? その部屋、もともと押し入れがあったはずですが……鏡? そんなはずは」
不安になり、鏡の縁を外そうと試みた。すると、隙間からカビ臭い空気が漏れてきた。懐中電灯を差し込むと、そこには細い空間があり、埃だらけの床の上に、折り畳まれた布団が一つ置かれていた。まるで、誰かがそこに住んでいたかのように。
その瞬間、鏡の奥から息がかかるような温かい気配を感じた。慌てて鏡を閉じ、二度と触らないと心に誓った。
しかし、それで終わりではなかった。
夜になると、鏡に近づかなくても分かる。中からこちらを覗く視線。布をかけても、裏側から布を押し返すように、膨らんで見えるのだ。
そして、ついに決定的な出来事が起きた。
残業で遅くなり、午前一時ごろ帰宅した時、部屋の電気は確かに消して出たはずなのに、窓から漏れる灯りが見えた。誰かがいる。泥棒かと思い、息を殺してドアを開けると、電気は消えている。
だが、部屋の真ん中に敷いた布団の上には、見覚えのないスマホが一台、置かれていた。
恐る恐る画面を点けると、カメラアプリが起動したままになっていた。保存された動画を再生すると、自分が眠る姿が何本も映っていた。角度は布団のすぐ横から――つまり、鏡の中から撮られたような位置だった。
山本はすぐに引っ越した。鏡のある部屋には二度と近づかなかった。
だが一か月後、新しい部屋で眠っていると、スマホに通知が入った。
「新しい動画を保存しました」
心当たりはない。開くと、自分が眠っている映像がまた映っていた。
カメラの角度は――布団のすぐ隣。
そこに鏡など、ないはずなのに。




