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残業フロア

俺が新卒で入った会社は、都心の古い雑居ビルの一角にあった。

夜遅くまで残業するのは日常茶飯事で、帰りが終電を過ぎることもしばしばだった。

ある金曜の夜、先輩に頼まれて急ぎの資料をまとめることになり、俺は深夜0時を過ぎてもパソコンに向かっていた。

オフィスは一フロア貸し切りだが、広い割に人は少ない。

その夜、残っていたのは俺一人だけだった。


静まり返ったフロアで、突然「ガシャコン」とコピー機の音がした。

びくっとして振り返ると、暗い廊下の奥で複合機のランプが点滅している。

コピーが吐き出された。

けれど俺は何も印刷していない。

恐る恐る紙を手に取ると、そこには黒い影のような人型が写っていた。

顔はなく、ただ人影のような黒塗りが紙面いっぱいに広がっていた。

心臓が早鐘を打ち、すぐに紙をゴミ箱に捨てて仕事に戻った。


午前1時を回ったころ、背後から「お疲れさまです」と声をかけられた。

振り返ると、見知らぬ女性が立っていた。

会社の人間ではない。黒いスーツを着ていて、髪は長く顔を覆っていた。

咄嗟に「どちら様ですか」と聞いたが、女性は答えず、俺の机を覗き込むようにして「……まだ終わらないんですか」と囁いた。

その声が、まるで耳の奥に直接響くようで、背筋がぞわっとした。

次に瞬きをした時、女性はもういなかった。


翌週、俺は怖くなって課長に相談した。

課長は面倒そうに「夜中に残ってると、そういうもん見ることあるんだよ」と言って笑ったが、俺がしつこく食い下がると、防犯カメラを確認させてくれた。

深夜0時半。俺が席で作業している映像に、確かに「長い髪の女性」がフロアを横切る姿が映っていた。

ただし奇妙なことに、映像の彼女には“顔”が映っていなかった。黒いモザイクのように潰れていたのだ。

課長はそれを見て青ざめ、「……これ、もう消そう」と呟いて再生を止めた。


その後、同期から聞いた話だ。

俺たちの会社が借りているビルは、十数年前に自殺があったという。

若い女性社員が残業中に首を吊ったのだ。

彼女は大量の資料を抱えて過労で追い詰められていたらしい。

コピー機の黒い影、顔のない女性――それが誰なのか、もう言うまでもない。


俺はあの日以来、絶対に深夜残業はしないようにしている。

だが時々、早朝に出社すると、コピー機から一枚だけ紙が吐き出されていることがある。

そこには必ず、黒い人影が写っているのだ。

しかも回を重ねるごとに、その影は俺の席の方に近づいてきている。

俺は最近、ふと考える。

――あの女は、俺を「仲間」にしようとしているのではないか、と。


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