残された映像
大学を卒業したばかりの春、実家を整理していたときのことだ。
物置を片付けていると、古い段ボール箱の中からVHSテープがいくつも出てきた。父が昔ビデオカメラで撮っていたホームビデオだ。
「懐かしいな」
俺はリビングの古いデッキを引っ張り出し、何本か再生してみることにした。
画面に映ったのは、まだ小学生の俺と妹、そして両親。運動会、旅行、正月の風景……記憶の奥に眠っていた時間がよみがえり、不思議な安心感に包まれた。
だが、最後に取り出した一本は、ラベルに何も書かれていなかった。
再生すると、映像は妙に暗く、手ブレがひどかった。誰かが家の廊下を歩きながら撮っている。
見慣れた我が家の廊下だ。だがカメラは異様にゆっくり進み、何かを探すように部屋を一つずつ映していく。
母が寝ている横顔。
勉強机に向かう妹。
茶の間で新聞を読んでいる父。
映される誰も、カメラの存在に気づいていない。
「これ……いつ撮ったんだ?」
全く記憶にない。撮影者は誰なのか。
やがてカメラは子ども部屋のドアを開けた。
布団に眠る、小学生の俺。
ズームがかかり、眠っている俺の顔が画面いっぱいに映る。
数秒の沈黙。
そしてテープはぷつりと切れた。
気味が悪くなり、母に確認した。
「あのさ、ホームビデオに変なのが混じってたんだけど」
母は首をかしげる。
「そんなの撮った覚えないけど」
父にも聞いたが同じ答えだった。
妹は、真っ青な顔で言った。
「……私、あのテープ、見たことある」
彼女の話によると、数年前に偶然再生してしまったらしい。
だが、妹が見たときの映像は俺の寝顔ではなく、妹自身の寝顔だったそうだ。
信じられず、もう一度テープを再生してみた。
廊下を歩くシーン。両親。妹。
そして最後は――確かに眠っている「俺」が映っている。
しかし、その夜。
なぜか無性に気になり、もう一度再生した。
今度、画面に映っていたのは妹の寝顔だった。
震える手で停止ボタンを押した。
翌日、大学の友人に相談すると「多分、心霊映像だろ」と笑われた。
だが俺は笑えなかった。なぜなら、テープは「見る人によって映る対象が変わる」ように思えたからだ。
誰が撮ったのかもわからない。
家族は皆、そんな撮影をした覚えがないと言う。
そして
数日後、父が急死した。
心筋梗塞だった。
葬儀の後、虚ろな気分で俺はまたテープを再生した。
廊下を歩く映像。
母。
妹。
そして、布団に眠る「父」の姿。
あの時まで、父が映っていたことは一度もなかった。
だが今は、間違いなくそこにいた。
眠る父を、じっとカメラが見つめている。
怖くなり、テープを捨てようとしたが、なぜか体が動かなかった。
結局、押し入れにしまい込むしかできなかった。
一週間後、夜中に目が覚めた。
リビングから「カチッ……ジジジ……」とテープが回る音がする。
恐る恐る覗くと、誰もいないはずの部屋で、デッキが勝手に再生を始めていた。
画面には廊下が映っている。
そしてカメラはゆっくりと、俺の寝室へ向かっていた。
ズームされるのは、今この瞬間、布団で震えている「俺自身」の姿。




