廃病院の窓
大学三年の夏、俺は友人三人と「有名な心霊スポット」に行くことになった。
場所は郊外にある廃病院。二十年前に院長が不祥事で逮捕され、閉鎖されたまま荒れ果てているらしい。
夜になると窓に患者の顔が浮かぶ、という噂もあった。
集まったのは、好奇心旺盛な健司、冗談好きの雅人、ビビり気味の浩二、そして俺だ。
廃墟探検のノリで、夜十一時頃に病院へ到着した。
外観はすでに不気味だった。三階建ての灰色の建物で、窓ガラスは割れ、蔦が絡まり、黒い影のように口を開けている。
入口の自動ドアは壊れて半開きになっており、そこから生ぬるい風が吹き出していた。
「おー、本当に出そうだな」
健司が笑いながら懐中電灯を照らす。
「幽霊いたらインタビューしてやるよ」
軽口を叩きつつも、誰も先頭に立ちたがらず、結局、健司が先頭、俺が最後尾で中へ入った。
ロビーには古いソファや破れた雑誌が散乱し、床にはガラスの破片が散らばっていた。
壁の掲示板には「面会時間のお知らせ」と黄ばんだ紙がまだ残っている。
「うわ……ここ、マジでヤバい雰囲気だな」
浩二が小声で呟く。
雅人はスマホで動画を撮りながら、「心霊YouTuberみたいじゃん」とふざけていた。
廊下に進むと、点滴スタンドが倒れ、カーテンが風もないのに揺れていた。
俺は背筋に嫌な汗を感じた。
俺たちは階段を上がり、二階の病室に入った。
そこは四人部屋で、錆びたベッドとマットレスが並んでいた。
壁の落書きには「出ていけ」と殴り書きされている。
「ほら、何も出ないじゃん」
健司がベッドに腰を下ろした。
その瞬間――病室の奥、カーテンで仕切られたベッドから「ギシッ」と音がした。
全員のライトが一斉にそこを向いた。
だが、何もない。ベッドは空っぽだった。
「風だろ、風」
雅人が笑うが、その声は少し震えていた。
緊張した空気のまま三階へ上がる。
廊下はさらに暗く、天井から配線が垂れ下がっていた。
奥の病室の窓が、なぜか明るく見えた。
「おい、電気ついてないか?」と浩二が怯える。
もちろん電気は止まっているはずだ。
近づくと、それは月明かりだった。割れた窓から差し込む光が床を照らしている。
しかし窓際には、人影のような黒い塊が立っていた。
「……誰かいる」
俺が声を出した瞬間、影はゆっくりこちらを振り向いた。
だが顔が、なかった。
月明かりに浮かぶのは、ぼやけた白い輪郭だけ。
全員が悲鳴を上げ、一目散に階段を駆け下りた。
足音が後ろから追いかけてくる。重いブーツのような音が確かに響いていた。
一階ロビーに飛び出したとき、浩二が転んだ。
俺と健司が慌てて手を引き、外へ逃げた。
外気に触れた瞬間、あの足音はぴたりと止んだ。
振り返ると、誰もいない廃病院の闇だけが口を開けていた。
数日後、雅人が撮影した動画を確認した。
俺たちが三階の窓に近づく場面。
確かに窓際に影が立っていた。
だが、動画には奇妙なものが映っていた。
影の背後に――もう三人の人影がいたのだ。
それぞれベッドの上に座り、こちらをじっと見ていた。
もっとおかしいのは、そのうちの一人の顔。
俺たちの中の誰かと、まったく同じ顔をしていた。
俺たちはそれ以来、二度とその病院には近づかなかった。
だが時々、飲み会などで四人で集まるとき、ふと背筋が寒くなることがある。
――俺たち、本当に四人だったか?
写真を見返すと、五人目の顔が、紛れ込んでいる気がするのだ。




