廃トンネルの夜
大学時代、友人の間で「心霊スポット巡り」が一時的に流行ったことがある。
肝試し感覚で夜の山道や廃屋に行き、誰が一番ビビるかを競うような、今思えば馬鹿げた遊びだ。
その中でも有名だったのが、市の外れにある廃トンネルだった。
昭和の頃に山を貫通するために作られたが、落盤事故で死者が出て以来、閉鎖されたという。
地元では「夜に入ると帰ってこられない」と言われていた。
俺たち四人――慎太郎、裕介、健吾、そして俺は、夏休みの夜にそこへ向かった。
トンネルの入口は鎖で封鎖されていたが、脇から簡単に入れるほど荒れていた。
懐中電灯を頼りに奥へ足を踏み入れると、空気が一気に冷え、背筋を撫でられるような感覚に襲われた。
壁は苔むし、水が滴っている。
ライトの光が当たると、まるで人影が無数に張り付いているように見えた。
「出るって話、マジかな」
裕介が軽口を叩くと、健吾が笑い飛ばした。
「どうせ作り話だろ。死者がどうのっていうけど、ただの工事事故だろ?」
その瞬間、遠くの闇で「カン」と石が落ちたような音がした。
俺たちは顔を見合わせ、誰も声を出さなかった。
慎太郎が小声で言った。
「……お前ら、今、足音しなかったか?」
耳を澄ますと、確かに一定のリズムで水を踏むような音が近づいてくる。
だが俺たち以外、この場所に人がいるはずがなかった。
やがて、ライトの先に何かが見えた。
人影のように見えたが、形が定まらない。
それが一歩進むたび、俺たちのライトが揺れて見えた。
「……やべぇ、戻ろう」
健吾が声を震わせ、入口の方へ引き返そうとした。
だが俺たちはすぐに気づいた。
――来た道が分からなくなっていた。
一本道のはずのトンネルが、いつの間にか左右に枝分かれしている。
振り返ると、見覚えのない壁と暗闇が続いていた。
「おかしい……一本道のはずだろ?」
慎太郎が青ざめて呟いた。
人影はゆっくりと近づいてくる。
それに照らされる壁の苔や水滴は、まるで“顔”の形をしているように見えた。
ライトが一つ、また一つと消えていった。
裕介が「電池は新品なのに!」と叫ぶが、光は戻らない。
最後に残った俺のライトの先で、人影がはっきりと浮かび上がった。
それは作業員のようなヘルメット姿だった。
だが顔が……なかった。
皮膚が剥がれ落ちたように、空洞だけが黒く開いていた。
「走れ!」
俺が叫んだ瞬間、真っ暗闇になった。
どれほど走ったか分からない。
気づくと、俺たちはトンネルの外に転がり出ていた。
息が荒く、全身が泥だらけになっていた。
だが人数を数えたとき、背筋が凍った。
四人で入ったはずなのに、三人しかいなかった。
消えていたのは――慎太郎だった。
警察や消防団が捜索したが、トンネル内に彼の痕跡は一切なかった。
ただ、奥の壁に奇妙な落書きが残されていた。
ヘルメット姿の人影が四人描かれ、そのうち一つは黒く塗りつぶされていた。
それを見た裕介が青ざめて言った。
「……あれ、最初は三人しか描かれてなかったんだ」
つまり俺たちが入ったその時、すでに“空白”が一つ用意されていた。
俺は今もあのトンネルには近づけない。
夜になると、あの冷たい足音が耳の奥で蘇るからだ。
――そして今も時々夢に見る。
トンネルの奥で慎太郎が振り返り、顔のない作業員たちと一緒に、こちらをじっと見ているのを。




