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記録する音

大学を卒業してすぐ、俺は地方から上京した。

住む場所を探していると、不動産屋が「安くて条件の良い部屋がありますよ」と紹介してくれた。築四十年近い古いアパートだが、リフォーム済みで見た目はきれいだった。家賃も相場の半分以下。大学も職場も近く、文句のない物件に思えた。

ただ、一つだけ妙な違和感があった。

最初に内見したときから、部屋の中で「カサ…カサ…」という音がかすかに聞こえるのだ。

風かネズミかもしれないと思い、不動産屋に尋ねると「気のせいじゃないですかね」と笑って取り合わなかった。俺も気にしすぎだと思い、契約を決めた。


住み始めてしばらくは順調だった。

だが、夜になると必ずあの音がする。

寝静まった午前一時頃、電気を消して布団に入ると、部屋のどこかから「カサ…カサ…」という小さな音がする。

紙をこすり合わせるような、誰かが鉛筆を走らせているような――そんな耳障りな音だ。

最初はゴキブリかと思って隅々まで探した。押し入れも流し台の下も、徹底的に見たが何もいない。

次第に、これは生き物の音ではないと気づいた。

音はいつも、俺が寝ようとすると始まり、朝になると消えているのだ。


ある晩、意を決して音を辿ってみると、天井の上から聞こえてくるようだった。

翌日、ホームセンターで脚立を買い、押し入れから天井板を外して登ってみた。

薄暗い天井裏は埃だらけで、古い断熱材がむき出しになっていた。

そこで俺は、奥に転がった小さな黒い装置を見つけた。

四角い箱にマイクのような穴があり、赤いランプが点滅している。

直感的に「盗聴器だ」と思った。

背筋が凍り、慌てて飛び降りた俺はすぐ警察に電話した。


その日の夜、警察が来て調べてくれた。

だが、刑事は首を傾げながらこう言った。

「これは相当古い型ですね。配線も切れてるし、電源も入っていませんよ」

俺は目を疑った。

だって、確かに赤いランプは点滅していた。

だが警察は「電池が液漏れして錆びてるし、何年も前から壊れてます」と断言した。

「この状態では録音も送信もできません。心配しなくて大丈夫です」

そう言い残して帰っていった。


安心したような、納得できないような気分で、その夜も布団に入った。

部屋は静まり返っている。

――カサ…カサ…。

あの音は、やはり聞こえてきた。

壊れた盗聴器なんかじゃない。これは確かに、誰かが鉛筆で紙に何かを書きつけている音だ。

恐怖で動けずに耳を澄ませていると、はっきりと声が混じった。

「……記録します。

〇月〇日、男はまだ気づいていない」

息が止まった。

それは女とも男ともつかない声で、抑揚のない調子で淡々と読んでいた。

俺は飛び起き、灯りを点け、天井を見上げた。

もちろん、何もいない。


翌日、不動産屋に相談してみたが、話を真面目に聞こうとしない。

「お疲れじゃないですか? 環境に慣れてないだけですよ」

そればかりだった。

その後も毎晩、音と声は続いた。

「記録します。男は就寝しました」

「記録します。男は天井を見上げています」

まるで俺の行動を逐一読み上げるように。

限界を感じた俺は、荷物をまとめて実家に逃げ帰った。


後日、友人に荷物の回収を頼んだが、彼は一言だけメールを送ってきた。


あの部屋、もうやめた方がいい。

本棚にノートが置かれてた。

ページいっぱいに、お前の生活が全部書いてあった。

「〇月〇日、男はまだ気づいていない」って。

最後の行だけ違った。

「〇月〇日、男は気づいてしまった」って。

それきり、友人とも連絡がつかなくなった。

あのアパートが今どうなっているのか、俺はもう確かめる気もない。

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