【短編版】「お前を愛する事は一生ない」と言われた公爵夫人の私。離縁するまでの一年間、自由に農業に励むことにしました。
「カサブランカ・セディ。いや、今はカサブランカ・ドルケスト、だったか。俺はお前のような令嬢が大嫌いだ。だから、お前を愛する事は一生ない。しかし、政略結婚とはいえ、離縁するには一年待たないといけない。…そこから先の言葉の意味は、分かるな?」
「…えぇ。分かりますわ、オーディー様」
あらまぁ。やはりこのような展開になってしまいましたわね。
元・侯爵令嬢である私、カサブランカ・ドルケストは、公爵になったばかりの王族護衛騎士であるオーディー様と電撃結婚した初夜に、いきなりドルケスト公爵家の寝室で『お前を愛する事はない』と宣言されてしまいました。
まぁ、突然結婚したが故に、オーディー様については、お兄様と同じ護衛騎士で同僚であること以外は全くもって無知。
それ故に、彼のことは好きではない、かと言って嫌いでもないので、なんと言われても痛くも痒くもないのですけれど。
それにしても酷いですわね。こんなハンサムな殿方の心無い言葉を他の令嬢が聞いてしまわれたら、絶対悲しむでしょうに。
…とりあえず、私も悲しむそぶりを見せた方がいいでしょうか?
「うぅ…グスッ…本当に酷いですわ。せっかく夫婦として仲良く出来ると思っていましたのに…。一年経ったら離縁すると仰るのでしょう?絶対に耐えられませんわぁ。ううぅ…」
「嘘をつけ、貴様。俺は知っているからな?お前が他の令息と浮気していたということを。しかし、俺は近くに寄ってくる女が嫌いだ。であれば、外に愛人を作ってるお前の方がある意味好都合だ。俺に近付かなければ好きにして構わないし、愛人を作るのも結構。それで結局一年後に離縁すれば、お前は愛人を作った罪で傷モノに、俺もそんなお前を放任した罰で傷モノになる。そしたら、今後結婚しようと思う女もいなくなるだろうな!はっはははは!」
「うっうぅぅ……」
…どうしましょう。もう既に嘘泣きに飽きてしまいましたわ。
あと、多分その浮気の噂はお兄様がわざと流したものですわね。別に構いませんけれど。
しかも、オーディー様自身も本当に傷モノになっていいのでしょうか?
とにかく、私はオーディー様が寝室から出るまで、精一杯嘘泣きを続けました。
そして、彼が寝室の扉を閉めたのを確認してから、ベッドの上に身体ごとポスンと沈めました。
「ふいぃ〜…お疲れ様、私ぃ〜」
「そうですね。お疲れ様です、カサブランカ様」
「あ。そういえば近くにいたのよね、コフィ。貴女もお疲れ様」
そう言って、私は近くに立っている侍女のコフィに話しかけました。
本当にコフィは優秀な子ですわ。私とオーディー様のやり取りを空気になって見守るだなんて、きっと真似できませんもの。
けれど、これでなんとか上手くいきましたわ。
今の私は、浮気者の公爵夫人としてオーディー様に嫌われています。
そして、オーディー様を好きになる事以外、離縁される一年間は好きにしていいとも言われましたわね。
…ふふっ、完璧ですわ!これで、私は自由の身!淑女教育も花嫁修行もしなくていいんですもの!
私は行き着いた答えに嬉しくなって、広々としたベッドの端から端までゴロゴロと左右に転がります。
それを見て、コフィは鈴のように可愛らしい笑い声をあげました。
「クスクス…本当に嬉しそうですね、カサブランカ様」
「ええ!それはもう、すっごく嬉しいもの!これで自分やりたい事が出来るのよ!?オーディー様は私を嫌ってるから、絶対に私がやることに無関心!であれば、念願のアレをする時が来たのよ!そう、農業よ!」
ベッドを転がる反動で、その場で起き上がり、私は右手に拳を作ってそれを上に掲げました。
農業とは、すなわち、美味しい野菜を作るお仕事のことを言いますわ。
実は私、小さい頃から働き者の農家にすっごく憧れておりましたの。
いつも淑女教育が終わった後は、こっそり隠れてセディ侯爵家の領地に行き、農家のお手伝いをしていたものでしたわ。
ですが、段々年齢を重ねるごとに、淑女教育は厳しく長く、辛いものになっていきました。
そんな教育を受けるぐらいなら、私は畑で泥まみれになって、重い野菜の籠を運ぶ辛さを選びますのに…。
しかし!これでもう、机の上での勉学に励む必要がなくなりましたわ!
私は明日から!農家の仲間入りをしますわ!
「…ゴホン。農業をするのは構いませんが、とりあえず、明日だけは朝食の席に顔を出して下さいませ。そこで執事や他の使用人に『愛人の家にずっといるので、食事はいらない』と、『世話を焼く必要ない』と伝えれば、あとは好きに出来ますから」
「あー…そう、よね。面倒くさいわね。でも、いい機会よ。ここで悪い印象を植え付ければ、完璧よ!さぁ、今日は早く寝て、明日から働くわ!あ。そういえば、実家から私のお着せは持ってきてたかしら?」
「えぇ。ここに」
「助かったわ!じゃあ、おやすみなさい、コフィ」
「はい。おやすみなさい、カサブランカ様」
こうして、コフィの忠告を受け入れた私は、期待に胸を膨らませながら、広々とした寝室のベッドでぐっすり眠って夜を明かしたのでした。
※※※
次の日。私は自分の部屋で、コフィに簡易ドレスを着せて貰いヘアメイクを施され、朝食の席へと向かいました。
「おはようございます、カサブランカ様。そして、この場での挨拶となってしまい、申し訳ありません。私は、執事のテイラーと申します」
「あら、ご丁寧にありがとう。よろしくお願いするわね、テイラー」
とても広大なリビングに着くなり、横から執事がやってきたものだから、簡単な挨拶を済ませて、自分の席に着きました。
ふむ。あの執事はとても優しそうでしたわね。信じてもいいのでしょうか?
朝食が運ばれてくるのを待ちながら、私は執事を見定めにかかります。
そして、しばらくすると、私の朝食が運ばれてきましたが…。
なんということでしょう!テーブルに置かれているのは、どこか薄いスープにドレッシングのかかっていないサラダ。そして小さなパン一つじゃありませんか!
あまりにもの量の少なさに、つい口を大きく開けて驚きます。
その後ろには、嘲笑するように笑う使用人とテイラーがいました。
あらあら。まさかこんな料理を、しかも公爵夫人に出すだなんて。
なんて…なんて!最高ではありませんこと!?
これはあれですわね!農家たるもの、この食事量が平均ですよということなのですわ!
ですが、ここで嬉しそうに食べてしまえば、絶対怪しまれるかもしれませんわね。
ここは悲しそうにゆっくり食べたほうがいいですわ。
という事で、私はいかにも哀れな令嬢を演じながら、ゆっくりと出されたものを食べて完食し、こう言いました。
「…あぁ。とても、美味しかったわ、テイラー。ですが、量が少なく感じたのだけれど…」
「おや?大変申し訳ありません、カサブランカ様。どのぐらい量を食べるか把握しておらず…。これから、料理長に進言いたしましょうか?」
「いえ、量については気にしないで。その代わり、料理長にはこう伝えて頂戴。料理はもう出さなくていい、と」
「!?な、なんと…」
ふふふっ。私の発言に、テイラーも使用人達も驚いて目を見合わせていますわね。
あともうひと押しすれば、きっと上手くいきますわ。
「多分、皆は知っていると思うのだけれど、実は私、本当に外に愛人がいるの。オーディー様には好きにしていいと言われたから、これから私はこっそり愛人のところに行こうと思っているの。貴方達も、こんなふしだらな令嬢を相手にするのが嫌で、こんな事をしたのよね?」
「そ、それはその…」
「大丈夫よ。オーディー様には一切近付かないから、この事を知られることは一切ないわ。だから、私には構わず、この家を守って頂戴」
「うっ…そ、そのぉ…」
ここにきて図星だったのか、テイラーは言い訳をしようと口をパクパク動かしていますわね。
なんだか、見ていて面白いですわ。もう顔を合わせることは一年後しかないとは思いますけれど。
こうして、私は手を合わせて軽く会釈したあと、近くにいたコフィと共にリビングを出ます。
そして自分の部屋に入った途端、大きく伸びをして、握りしめた両手を天高く掲げました。
「ふふふふふっ。やったわ!これでもう自由の身よ!あとは愛人の家に行くふりをしつつ、お兄様が用意してくれた小屋に向かうわ。そして、化粧を落としてお着せに着替えて、農家ライフを楽しむのよ!」
「ええ!お疲れ様でした、カサブランカ様。さて、早速準備をしましょう!私も農家ライフを満喫したいですし」
「あらぁ?まさかコフィも気になってたなんて、初耳よ。でも、きっと楽しい生活になるわ!畑を手伝って、小屋の近くでも野菜を育てて。大変だけど、自給自足のハッピー生活を送ってやるわ!そして、離縁して平民になったあともね」
「はい!私もお供します」
とても嬉しそうに頷くコフィに、私も大きく首を縦に振って満面の笑みを浮かべます。
そして、早速行動に移すべく、屋敷に持ち出したドレスやらお着せやらを再度鞄に詰め込み、ドレスも外出用のものに着替えて、準備を整えました。
「では行きましょう、カサブランカ様。いえ、カーサ様。もう既に馬車は手配しております」
「分かったわ!行きましょう、コフィ」
ここから両手に大荷物を持ったまま部屋を出た私とコフィは、家の使用人に送られることなく屋敷を出て、外で待っている馬車に乗って目的地へと向かいました。
ちなみに私達が今乗っているこれは、ドルケスト公爵家の馬車ではなく、お兄様が手配したセディ侯爵家の馬車ですわ。
この時のために、昨日から待っていらしたので、申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいなのです。
あとでここの御者さんに、美味しい野菜を送って差し上げようかしら。ふふっ。
「あ。カーサ様。そろそろ小屋に到着しますよ。ご準備を」
「あら?もうなのね。それにしても本当に素敵な家ね」
そうこう考えているうちに、コフィが馬車の窓から、これから住むであろう小屋を見つけてくれましたわ。
あぁ、オレンジ色のレンガが積まれて煙突付きで、なんて暖かそうな小屋なのでしょう。
ここに一年住めるだなんて、贅沢がすぎますわ!
けれど、あら?あの小屋の前にいるお方、見覚えありますわよね?
馬車が小屋の前に到着してから、私は御者の方に手を引かれて外に出ます。
すると、小屋の前にいたご老人が深くお辞儀をして、明るい声で話しかけてきました。
「カサブランカ様。ようこそ、ドルケスト領の末端であるメリアン村にお越しくださいました。ダール様からお話は存じ上げております。ぜひこの村で農業ライフをお楽しみくださいませ」
「え!?ダールってお兄様の名前…。も、もしかして貴方、サイモンかしら!?セディ侯爵家の庭師の」
「はい。サイモンでございますよ。もう既に定年を迎えておりますので、今はここで村長をしております。お会いできて光栄でございます」
「うわぁ…!こちらこそよ、サイモン!いえ、サイモンさんとお呼びすればいいかしら?あ、このお嬢様言葉は必要ないわ…ない、ですよね。あと、私のことはカーサさんと呼んでください。様付けで呼びたくなるのは仕方ありませんが、一年間ここの住民になるんですから」
「は、はい。分かりました、カーサさん。あ、敬語はどうしましょうか?」
「そのままでもいいですよ。それでは、一年間よろしくお願いしますね、サイモンさん」
こうして、昔馴染みだったサイモンと再会して会話に花を咲かせ、とうとう私の農業ライフは幕を開けました。
うふふふ…お兄様が小屋を手配したとサイモンから聞いてはいたけれど、やっぱり小屋の中は最高ですわ!
コフィも既に荷物を下ろして自分の部屋に向かったと思ったら、農業をする格好で戻ってきましたし、私も着替えなくてはいけませんね。
では、これから貴族生活のことは一切考えず、全力で楽しみますわよ!!
※※※
あら?あら?あららら?
朝昼晩農業に明け暮れて、メリアン村で楽しいハッピーライフを満喫していたら、いつの間にかオーディー様と結婚して一年が経ちましたわね…。
ドルケスト公爵家のことを一切考えずに過ごしていたからか、結婚していたことさえも忘れておりましたわ。
なにせ、農業ライフってとっても面白くて大変だったんですもの!
全身泥まみれになりますし(これは願ったり叶ったりです)、虫も湧いてきますし(虫を捕まえるのは楽しかったです)、うまく野菜が育たないこともありますし(なんとか実った野菜はとっても美味しかったです)、採れたて野菜の入った篭は重かったですし(素晴らしき筋トレになって、やる気が湧きました)。
農家って本当に重労働なんですわね。それさえも新鮮だったのですけれど。
「カーサ様。そろそろお支度をしないといけません。ドレスにお着替えするのは嫌だと思いますが、我慢してくださいませ」
「うっ…分かってるわよ、コフィ。この日を乗り越えて、離縁届にサインできたら、お父様の計らいで私は貴族籍から除籍。そして、平民として、セディ侯爵家の領地で引き続き農業が出来るのよ?メリアン村の人達と離れるのは、仕方のないことよね」
今まで一緒に農業をして暮らしていたコフィに正論を言われ、私はため息をつきつつ、毎日着ていた寝巻きから一年前に来ていたドレスに服装を変えます。
そして、コフィによってヘアメイクをばっちり施してから、小屋を出て、外にあった馬車に乗りました。
ふぅ。やはり一年ぶりとはいえ、馬車の椅子は相変わらずふかふかですわね。
ですが、なんかおかしいような気もしますわ。
セディ侯爵家の馬車って、こんなに座り心地良かったでしょうか?
もしかしたら、お兄様が騎士としてより良い地位に出世して、馬車を新調したのかもしれませんわね。
「そういえば、コフィ。今日ドルケスト公爵家に顔を出したら、このドレスも売っていいのかしら?お兄様やお父様、お母様はどう思っているのか分からなくて」
「そうですね。これは万が一に備えて、売らずに持っていた方がいいかと思います。もし野菜が不作となってしまい、お金がないとなった時に売れば問題ないかと」
「なるほど。その手がありましたわ!ありがとう、コフィ。あ、そろそろ屋敷に着く頃だと思うけれど…あれは?」
不意に、馬車の窓の外から黒い服を着た方が屋敷の外にいて、私は首を傾げました。
あれは…執事ですわよね?名前は…なんだったでしょうか?
とりあえず、馬車が目的地に着いたので、御者に手を引かれながら降りました。
すると、屋敷の外で待っていた執事が、私を見るなり、深くお辞儀をしてきました。
「カサブランカ様!あぁ…ようこそお戻りになられました!おかえりなさいませ!そして、大っ変申し訳ございませんでした!」
「えっ、ええっ!?か、顔をあげて頂戴?えっと…誰でしたっけ?」
「えええええ!?まさか、お忘れにっ…。テイラーです!執事のテイラーですよっ!…うぅ…私が全面的に悪いとはいえ、忘れ去られるだなんて…。本当に申し訳ありません!」
「い、いやいやいや、謝る必要は全くないのだけれど。あわわわ、土下座しないで頂戴、テイラー」
な、何が起きているのでしょう?
どうして執事のテイラーが土下座をしているのでしょう?
…あー。そういえばこの人、私が結婚した翌日に、量の少ない朝食を提供して笑った挙句、メリアン村に向かう際に送り出すこともしませんでしたわね。
それほど嫌われていたんだとは思いましたけれど、別に痛くも痒くもなかったですし。
ん?そういえばあの時、愛人の家に行くと私もテイラー達に嘘をついた覚えがありましたわね。
きっと、私が遠くに行ったことで、公爵家に不具合が起こったのでしょう。
とりあえず、愛人がいる設定を思い出して、演じてみましょう。
「元はと言えば、私が愛人のところに行っていたのが悪いわ。ドルケスト公爵家の仕事もほったらかしで。そんな中で不具合が起きて困ってしまったから、嫌っている私に手伝って欲しいと思って、渋々このような行動をしたのよね?」
「へ…ち、違います…。それは違いますぅ!そうではありません!とにかく、とにかくっ!お屋敷にお戻りください、カサブランカ様!お願いしますっ!」
「え、ええぇ……」
とうとう地面に頭がのめりそうになるほど土下座を、何度も繰り返すようになったテイラー。
これはこれで、不気味ですわね…。農業をやっていた一年間、一体この公爵家に何があったのでしょう?
あ!もしかして、私が公爵家に戻らないから、とうとう前公爵とか国王陛下とかに怒られたとか、でしょうか?
あららら。だったら、テイラーが執事失格の烙印を押されそうになって、結果的にそうなるのも無理ないですわね。
とにかく、どんな結果になろうとも、私は離縁届を書いて貴族籍を抜いて、楽しい農業ライフを送りたいのです。
オーディー様やテイラー、そして屋敷の使用人達が、今後どうなろうか知ったことではありませんわ!
…まぁ、全員農家になるっていうのなら、手を差し伸べてやらなくもないですけど。ふふっ。
「カーサ様、顔がにやけておりますよ」
「えっ?だ、だってもうすぐ永遠に自由の身となれるのよ?とにかく、テイラーは置いて、屋敷に入りましょう?」
「はい、カーサ様」
コフィに促されるまま、私は門をくぐり、庭を抜けて屋敷の扉を開け、中に入ります。
すると、そこには左右に帯正しい使用人の列が出来ており、私が歩き始めた途端、一斉に頭を垂れました。
「「カサブランカ様、おかえりなさいませ!そして、大変申し訳ございませんでした!」」
「ええ!?貴方達も謝るの!?お、おかしくないかしら!?」
おかしい。おかしいおかしい、おかしいですわ!!
愛人に浮気をして一年間来なかった(実際には農業してて一年来なかった)私に謝るとか、おかしくないですの!?
い、一体どうなっているのでしょう?謝るのは私の方ですのに…。
この異様なまでの空気感に耐えられず、私はコフィを連れて急いで応接間へと向かいます。
すると、突然目の前の応接間の扉が勝手に開かれたかと思うと、そこから出てきたのは、夫であるオーディー様でした。
「あ…カ、カサブランカ…」
「あら?これはこれは、オーディー様。一年ぶりですわね。…って、なぜそこで立ち止まっているのです?早く中に入りたいのですけれど」
「あ…あ…よ、よがっだあああああああ!!」
「えっ、ええええええ!?!?」
またですか!?もう!
応接間に入ろうと促しただけですのに、オーディー様は突然その場で膝を折って、泣き出してしまいましたわ!?
一体全体、どうなっていますの!?
テイラーも使用人も謝ってきましたし、オーディー様は泣く始末。
この公爵家は一年で様変わりしておかしくなってしまいましたわ!
けれど、オーディー様を泣き止ませないと、離縁すら出来なくなりますわ。
一旦泣き止ませようと、私はオーディー様に手を差し伸べようとして、引っ込めました。
そういえば、一年前にオーディー様から「お前を愛することは一生ない」と言われてましたわね。
そんな私に頭を撫でられるのは、絶対に嫌だと思いますし…。
あ、そうですわ!ここで嫌な夫人を演じれば、なんとかなりそうですわね!
という事で、早速私は堂々と腕を組み、見下すようにオーディー様を睨みつけました。
「あらあら。こんな所で泣き出すだなんて、公爵の名が廃りますわよ。ほら、早く退いて下さらない?離縁届を書いて提出して、すぐに愛人のところに向かいたいのです。もう用意してるのですよね?何ならここで書いても構わないのですよ?手間が省けますし。ふっ、おっほほほほほ」
「!?…い、いやだ…嫌だあああああ!!俺が何かしたのなら謝るから!もう既に何通も手紙出して謝ってるけど!もう、どこかに行かないでくれえええええ!!」
「う、うわぁ……」
「ひっぐ…うぅ…もうっ愛することは一生ないだなんでぇ、一生言わないがらぁ!離縁届も用意したぐないいいいぃぃぃ!!」
「……」
申し訳ありません。この状況、全く呑み込めないのですけれど……。
ですが、話を聞く限り、もう私を嫌ってはいないようですわね。おかしな話ですけれど。
そういうことなら、頭を撫でても問題なさそうですわね。
応接間の前で、未だに泣き続けているオーディー様に、私はもう一度手を差し伸べて、彼の頭を撫でてみます。
すると、そのことに気付いたオーディー様はピタッと泣き止んだかと思うと、次の瞬間嬉しそうに顔を綻ばせました。
「カサブランカ…!いや、カーサ!」
「ぐっ…な、なんで嬉しそうですの!?しかも愛称呼びですし!私、好感度上げたことでもしたのですか!?とりあえず、応接間に案内してくださいませ!」
「ああ!まだ他の女は嫌いで無理だが、カーサのお願いなら喜んで!」
「うっぐぐぐ…」
ちょっと、聞きました!?女嫌いは健全なのに、なんで私は平気なんですの!?
しかも、目を力強く擦って立ち上がったオーディー様が、いつの間にか私の横にきて右手をとって、エスコートしてるって!
どういう状況なんですのおおおおお!?
まだ、頭の中にたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいる中、私はオーディー様に誘導されながら、応接間の長いソファに座ります。
そして、そんな私の隣に、いつの間にかオーディー様が座り、こう口を開きました。
「ねぇ、カーサ。俺の手紙、たくさん送ったつもりなんだけど、全部読んでくれだろうか?」
「手紙、ですか?それは…知りませんけど」
「えっ!?知らな、かった?何度もメリアン村にある君の小屋に送ったつもりだったんだけど!?」
「メリアン村の小屋に送った!?それってどういうことですの?」
突然オーディー様の口から、メリアン村の、しかも小屋について聞かされ、ますます驚いてソファの端に飛び退きます。
その時、私の後ろからコフィの盛大な咳払いが聞こえてきました。
「ンン゛ッ!その手紙については、私が全て読んでから、カーサ様に内緒で破り捨てました。たいっへん、申し訳ありません」
「なっ!?なんて事してくれてんだ、貴様ぁ!」
「あの手紙ごときで、謝って気を引こうとしていたのですか?なにせあの手紙は、端々に公爵家に戻ってこいという匂いがプンプンして、とても嫌だったのです。最初からカーサ様を愛して大事にする殿方であった場合は、読ませていたかもしれません。ですが、愛する女性を尊重しない、ただ自分が愛したいがために側に置くのは、最低な男と同義です。カーサ様、早く離縁届を申請しましょう」
「え、えぇ〜?話の状況が掴めないのに、先に進めないで頂戴?それで、愛する女性って?」
どんどん分からない方向に話が進んできて、ますます頭が混乱してきましたわ。
だからとりあえず、一つずつ疑問を解こうとオーディー様に質問すると、彼は大きなため息をついてこう返答しました。
「やっぱりそうかぁ…。あのな、俺が愛する女性なのは、君だよ、カサブランカ」
「ええっ!?結婚初夜で『お前を愛することは一生ない』と宣言したのにですか?どういう風の吹き回しなのですか?」
「…うん。手紙を全部捨てられたのなら、一から話す必要があるな。実は、君と結婚した日の翌日、俺は使用人の一人にお願いして、君の乗った馬車を追跡していたんだ。愛人のもとに行くのなら、離縁の証拠になると思っていたからな。けれど、君は真っ先にメリアン村の小屋に向かって、そこの村長と仲良くしていた。まさか村長が愛人なのかとも思ったけれど、そんなそぶりもなく…。だから、気になって、その翌日も翌々日も君の動向を観察してたんだ」
「う〜ん、まるで監視のようですわね。よく言えば、影の護衛とも言えますわ」
「ふはっ!確かにそうだ。それで俺はずっと使用人を通して君の話を聞いてたんだけど、まさかドレスを着ることもせず、使用人の着るお着せで農業をするとは思ってなかったんだ。だから、途中からたまにだけど俺もその監視に加わって君を見てて。ある時は嬉しそうにキャベツを持って小屋に戻り、ある時は小屋の畑で水やりや雑草抜きをしたり。そして、村の誰かが怪我をしたら手当てをしたり、病気になったら看病をする。時には料理を振る舞って楽しそうに笑って踊って…。その姿がとても眩しくて…。いつしか、俺は嫌いだったカーサが好きになっていったんだ」
「オーディー様…」
まさかオーディー様が農家をしている私を見て、そんな感情を向けていたとは思わず、顔が段々と熱くなります。
ですが、あれ?もしそんな私を好きになったのであれば、手紙ではなく直接会いに行って、謝って告白するのが普通なのではないでしょうか?
私とオーディー様は一応夫婦ですし。
「あと、手紙に書いてたんだけど、実はメリアン村にこっそり騎士団のメンバーも派遣していたんだ。農業は力仕事だって、農業をしていた君は言っていただろう?だから、変装させて手伝わせて、カーサをより笑顔にさせようとしてたんだ」
「はい!?確かに、半年過ぎたあたりから、ちょくちょく筋骨隆々の方々がやってきて手伝ってましたけど。も、もしや貴方も?」
「あはははは!そうそう!前髪を全部下ろしてたのが俺!気付いてなかっただろうけどね。本当に農業って大変で楽しいね。ついでに君に近づこうともしたけど、後ろのあの女に邪魔されてさ」
「あの女ではありません。コフィと申します。もし次、私をそう呼びましたら、鍬で刺しますので」
「おおっと、怖い怖い。悪かったよ、コフィ。ははっ」
コフィとオーディー様の一触即発のやり取りがなんだか、面白くて私は口に手を当ててクスクスと笑います。
それを見たオーディー様は、顔をまた赤く染めたあと、私の手を取って優しく言いました。
「カサブランカ、いや、カーサ。さっきの応接間前の事は、本当にごめん。もしかしたらカサブランカはずっとメリアン村にいて、こっちに来ないのかと思って、どんどん不安になっていたんだ。だから、君が頭を撫でるまで、情緒がおかしくなっていたんだ。…なんか、お恥ずかしい話だけど」
「ふふっ。本当にあれには驚きましたわ。テイラーも土下座して、使用人たちも一斉に謝るんですもの」
「だって、一日だけとはいえ、あいつらは君に酷いことをしてたんだ。相当叱ったよ。まぁ、俺も人のこと言えないけれど」
「そうですわね。十分反省したのですか?」
「そりゃもちろん!謝りながら泣いて、夜を明かしたこともあるんだぞ」
「ふふふっ」
どうしましょう。謎が解けた途端、オーディー様の言葉がするりと頭の中に入っていくようですわ。
けれど、私は一生を農業に捧げたいので、離縁して平民になりたいのです。
そのことを彼に言ったら、どんな反応をするのでしょう?
「オーディー様。今後の話をしたいのですが」
「ああ、今後の話か。カーサ、申し訳ないんだが、俺はカーサを愛している、離縁もする気が全くないんだ」
「そう…ですか」
「うん、だけどね」
そう言って、オーディー様は私の手をひっぱり、私の身体ごと抱きしめました。
「もし俺と生涯を共にしてくれるのなら、最低限の社交以外は、君のやりたい事をずっと優先していいし、俺も一緒にやりたいんだ。まぁ、具体的に言えば…農業をだね…一緒にしたくて…」
「えっ?農業を、一緒に?」
「そう。騎士団の仕事で忙しい時もあるけど、休みになったら、カーサの手伝いをしていたい。君を近くで見ていたいから。…いいかい?」
「ぐっ…!!」
な、なんて…なんていい条件なのかしら!!
最低限の社交は、確かに公爵夫人だからしないといけませんが、その条件を突きつけられたら、離縁なんてできませんもの!
オーディー様のこの素敵な提案に、私は目をギュッと瞑って考えたあと、大きく頷きます。
それを見たオーディー様は、蕩けるような瞳を向けて、私の額にキスを落としました。
「カーサ、俺の提案を受け入れてくれてありがとう!最初は、俺の顔や地位目当てで寄ってくる女が全員大嫌いだった。そんな中、ダールから俺を好きではない浮気令嬢の妹を紹介されて、それでもやっぱり見た目こそ嫌いだったから、結婚初夜にあんな事を言ってしまった。本当にごめん。けれど、これからはもっともっと君に愛を伝えて、俺を好きにさせてみせるから。だから、覚悟しててね」
「…は、はい…」
こうして、私はドルケスト公爵家で第二の農業人生を、オーディー様と歩む事になったのでした。
今後、私がオーディー様を好きになれるかは分かりませんが、農業する事自体は悪い事ではありません!
なのでこれからも、楽しく素晴らしい農業ライフを送ってみせますわ!!
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
久々の投稿で緊張しましたが、とても楽しかったです!
また、短編であるが故に、農業に関する深掘りがしっかり出来なかったので、来年あたりに長編でまた投稿できればと思っております。
(追記)
沢山の感想ありがとうございます!返信が出来ず申し訳ございません。
色々なご指摘もありましたが、ここで何点かお伝えしたい事がございます。
この物語に出てくる登場人物は、全員アホで構成されております!←
そして、カサブランカは悪役令嬢ではございません。意思はあるし行動力もあるけど、流されやすい子として書いております。
ただ、短編だけでは全てお伝え出来ないため、「なんでだよ!」ってツッコみをする方も多いのも承知しております。
(なにせ、賢ければ農業の道に行くこともなかったでしょうし、公爵夫人として社交界に〜っていう考えもあったかもしれません)
とにかく、このお話は長編で深掘りしていくつもりですので、ぜひお待ち頂けますと幸いです。
よろしければ、感想や「☆☆☆☆☆」の評価、いいね等つけて下されば幸いです!よろしくお願いします!(^^)