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短編2

他人ですのでそんなものです

作者: 猫宮蒼



 あら、コーウェン様、お久しぶりですね。

 本日は一体どのようなご用件で?


 え?


 どうして婚約が破棄されたのか、ですか?


 無能は必要ないからですわ。


 あら? 自覚がない?

 まぁ、でしょうねぇ。

 コーウェン侯爵家に生まれて自分はさぞ優秀だと信じて疑っていなかったようですが、それも少し前まで。

 大々的に無能を晒した事で跡取りとしては問題とみなされ後継者の座を転落したのですから、そこで己の無能さを自覚しておけばよかったのに。


 事実を事実として受け入れて粛々と御当主様の意のままにしていれば、転落してもまだ多少はマシな人生を歩めたでしょうに。受け入れられずにずるずると……結果縁を切られ家を追い出されたのでしたね。


 ……あら?

 それでは貴方はもうコーウェン家の人間でもないのですね。

 まぁ、まぁまぁまぁ、どうしましょう。


 既に婚約者でもない方をお名前で呼ぶわけにも参りませんし、家名すら名乗る事を許されなくなってしまったとなれば、わたくし、貴方様をなんとお呼びすればよいのかしら?


 え?

 今までのように名前で?


 婚約者でもない方を、ですか?

 やめておきます。わたくしの婚約者に申し訳がありませんもの。


 え? えぇ、はい。

 おりますわ。

 貴方様との婚約が破棄されて、わたくし速やかに次の婚約者が決められましたの。

 えぇ、コーウェン家の分家にあたるマッジォ伯爵家の方ですわ。

 貴方様の代わりに殿下の側近となる方ですの。


 わたくしは元より殿下の婚約者であるマリーア様をお支えする事が決められておりますので、立場は元より変わりません。変わったのは婚約者だけですわ。


 どうして。


 どうして、とは?


 あぁ、婚約が破棄された事と、貴方様が家を追い出され平民になった事、思い描いていた未来が崩れ去った事に対する全てに対して、というのなら、先程も申しましたけど無能は必要ないからですわ。


 わたくし、貴方様が婚約者だったころは貴方様と愛を育めたらと思っておりましたし、相互理解を深めようと歩みよりもいたしました。

 幼馴染でもなければ親戚でもない、ましてや婚約者とも無関係の女性を傍に置いていた不誠実な殿方に対して、わたくしこれでもかなり譲歩して我慢しておりましたのよ?


 貴方様が傍に置いていた女性……ミモレット様でしたか……男爵家の……

 わたくし一応申し上げたと思うのですが、婚約者でもない異性をあまり身近にとどめておくのはどうかと思います、と。

 おぼえている?

 それはようございました。何度も言ったのに忘れられてたらどうしようかと。


 彼女とはそんなんじゃない?


 それも何度も聞きましたわ。



 ですがそもそも、学園で彼女と出会って、他の令息様方とも懇意になさっているような令嬢ですもの。噂が流れるのは当然ですし、そうなればそれぞれの令息様方の婚約者も一応それとなくくぎを刺す事もありましょう。

 わたくしもそうでしたし。


 ですがそれに対する貴方様の返答は、彼女とはそんなんじゃない、でしたか。

 では、一体なんだというのでしょう?

 学友?

 えぇ、まぁ、確かに同じ学園に通っておりましたもの、その言い方なら角が立ちませんわね。


 ですが本気でそう思っているのであれば、やはり貴方様の事は無能としか言いようがないのです。


 だって学園で学ぶ生徒としては確かにそうですけれど、彼女とわたくしや貴方様、接点なんてないでしょう?

 こちらは上位貴族と呼ばれる家柄。

 あちらは下位貴族と呼ばれる家柄。


 学ぶ内容もかなり異なります。

 だからこそ、学舎だって別でしたわ。


 わたくしと彼女がそうなのだから、当然貴方様と彼女の接点なんてもっとないはずですのよ。

 学ぶ内容は身分でも異なるのに、男女ともなればもっと異なりますもの。


 確かに学園は広いですから、迷う者が出てもおかしくはありません。

 ですが、上位貴族と下位貴族で立ち入る場所は異なります。制服だって区別がつくようになっていたでしょう?


 であれば、自分と違う制服の生徒が大勢いる場所ともなれば、普通は気付くものです。

 そこで迷ったからと周囲に助けを求めるにしても、その後は迷い込まないよう注意を払うものです。

 ですが彼女、何度もこちらへ足を運んでは貴方様や他の令息様方と関わっておりましたわね。


 おかしいでしょう明らかに。


 他の下位貴族の生徒も迷い込んだ事がありますけれど、大抵は自分より身分が上の者しかいない場所だと知った時点で一刻も早く立ち去りたいって雰囲気が出ますもの。

 わかりますわ。わたくしだってたった一人でお城の中で迷ったらと思うだけでハラハラしますもの。


 何か失礼を働くのではないかと思えば、表情が強張るのも仕方ありませんし、声が裏返るのだってわからなくもないのです。


 そうしてどうにか無事に自分たちが普段行動する学舎のある方へ戻っていったら、次はもう同じ失敗をしないようにとなるのが普通ですわ。


 ですが彼女、何度もこちらに足を運んでおりましたわよね。


 一人だけ制服が違う女子生徒がいれば、それはもう目立ちますわ。

 しかもその隣には婚約者が他にいる殿方。

 迷って道を尋ねているようにも見えず、距離も近い。

 傍から見れば身分の低い女性を無理にこちらに連れてきて侍らせている傲慢な男性と思われる事もありましたし、その後の彼女の態度から堂々と不貞に及んでいるともなっておりました。



 そもそも彼女、なんでしたっけ?

 他の生徒から遠巻きにされている、でしたか。


 でしょうねえ。


 だって普通なら一度迷い込んだにしても、次からは恐ろしくて足を運ぼうとも思わない、自分の事なんて下手をすれば家ごとどうにかできてしまうような相手がうようよしている場所に何度も足を運ぶような女性ですよ。

 それこそ下位貴族の令嬢たちからすれば命知らずとしか思えないし、下手に関わって巻き込まれたら困るでしょう。

 令息たちからしてもそうです。

 下手に彼女に近づいて、彼女の事をそれなりに気に入っている上位貴族の令息に目をつけられたら……なんて考えただけでいくら見た目が愛らしかろうとも近づきたくないというもの。


 上位貴族であるこちらからすれば、どうして下位貴族の令嬢がこちらに来ているのか意味不明ですし、誰かに紹介されたわけでもないのだから関わるわけがないでしょう。

 貴方様は時折彼女の事を語っておりましたけど、紹介されたわけではありませんし……


 話の中で出てくるわたくしにとっての他人という認識でしかありませんわ。


 友人として……と思っていた?

 ご冗談を。


 仮に身分を超えた友情をとなるにしても、わたくしと彼女とで何か接点、ございましたか?

 趣味が合うとか、好きなものの傾向が似ているとか、そういう仲良くなれそうな部分があって紹介した、というのであればまだしも、貴方様の口から出てきた彼女の事なんて愛らしいとか健気とか、わたくしからすれば全く理解できないものばかりでしたもの。


 愛らしくて健気という点だけで言えば、我が家で飼っている金糸雀のリィリの方が余程愛らしいし健気ですわよ。あぁ、それからとても賢いですもの。

 貴方様の口から語られる彼女の事は正直賢いとはとても……むしろ何度もこちらに足を運んでくる時点で学習能力がないのかしら、とか、命が惜しくはないのかしら、とは思っておりましたけれど。


 何度もこちらにきては貴方様含め他の令息様方とも接触していたようですから、賢くないというのは周囲からすればとっくにわかりきっておりましたよ。

 わたくしはてっきり貴方様や他の方が学友というくらいなのだから、色々と教えてさしあげているものだとばかり。


 え? わたくしが?

 どうしてです。


 わからない事があるのならまずは教師に質問をすればいいでしょう。

 そうでなくとも学友がいるならそちらに聞く事もありますけど、わたくしは彼女とはそういう関係でもない他人です。

 他に人がいなくて困り果てた彼女が声をかけてきた、というのであればまだしも、わたくしから声をかける必要なんてどこにもありませんわ。貴方様の口から語られる彼女の事を聞いたって、仲良くなりたいと思えませんでしたし。


 ただ、貴方様はその時はまだ婚約者だったから、何度か説得はしたのですよ。注意も忠告も警告も。

 優秀なはずの貴方様はそれを軽んじた。

 しかも彼女の事を殿下だってきっと気に入るとか言い出した時は正気を疑いました。


 婚約者のいる男性に女性を紹介するとか、しかも殿下ですよ!? あの時もわたくし言いましたわよね、本気ですか? って。貴方様はあの時ムッとした顔をなさいましたけど、あの時ですよ、貴方様が優秀だったのは過去の話でもう無能になり果てていたのだと思ったのは。


 何考えてるのかしらと思ったので、わたくし報告はできる範囲で行いました。

 だって彼女、貴方様以外の方とも近しい距離で接していたのを目撃しているのです。

 わたくしがそれを言った時、貴方様は言いがかりだと言って聞く耳を持ってくれませんでしたけど。彼女を貶めようとするな、でしたか?

 ならばせめてご自身で調べるくらいはしてほしかったですわ。そうしたらすぐに本当の事だとわかったでしょうに。


 ともあれ、不特定多数の殿方と近しい距離で接するような女性を殿下に近づけるなんて、殿下とマリーア様の婚約を妨害するつもりであると思われてもおかしくない行為ですもの。それはもう速やかにお父様に報告するでしょう。わたくしまでお二人の婚約を壊そうとしていると思われたら……マリーア様に嫌われてしまうのは嫌ですもの。マリーア様はわたくしにとって憧れで、姉のような存在ですから。

 あの方が王妃となって、わたくしはお仕えし支える。そんな日をとっても楽しみにしておりますの。


 それなのに、それを壊すかもしれない事をするかもしれないとなれば、黙っているわけにはまいりません。


 方々に報告して、周囲は貴方様や他の令息様方、彼女の事を調べました。

 単純に彼女は王子様みたいな殿方に可愛がられるのが好きなだけ、という結果になりましたが、それでも本当の王子様でもある殿下に近づかれても困ります。そうでなくとも婚約者でもある令嬢の皆さまからも良く思われておりませんし。

 一線を越えていなかったから修道院送りで済みましたが、そうでなければ密かに処分されていてもおかしくはなかったのですよ。


 コーウェン侯爵様も、頭を抱えておりました。

 どうして男爵令嬢に入れ込んだ挙句、殿下に紹介するなどと言い出したのか……愛人を勧めるにしてもせめてお二人が結婚して、子供に恵まれないようであるのならまだしも、結婚すらまだという状況。

 侯爵様からも色々とお話をされたのではありませんか?

 どうして理解できなかったのでしょうね?


 最初から貴方様がもっと頭の悪い存在であったというのならともかく、彼女に会う以前の貴方様は優秀だったのに。難しい事なんて何一つ言ってなかったのに、どうして理解できなくなってしまったのかしら。


 貴方様が理解するまで説明するべきだった?

 幼子ならそうでしょうね。ですが貴方様はもう幼子ですらありません。既に知っている常識を何故か突然放り投げてしまった相手に理解できるまで、とは果たしていつまででしょう?

 既に理解しているはずの常識なんだから、理解できるまで、とはおかしな話だと思います。


 貴方様が事故にあって頭に傷を負って色々と忘れてしまったというのならまだしも、健康そのもの。念のため医師にも診てもらったそうですけど、すこぶる元気との事。


 いっそ病気だったら周囲もそれじゃあ仕方ない……ってなったと思うのですけれども、ねぇ。


 いえ、健康なのは良い事ですわ。

 家族との縁を切られてこれから一人で平民として生きていく以上、身体は資本ですもの。


 ところで、修道院に送られた彼女ですが。

 どの修道院に送られたか知りたいですか?


 貴方様は彼女とはそんなんじゃない、と言っておりましたが、それでもやはり友であるのならこれからは身分など気にせず気兼ねなく会う事も可能でしょうし。


 え? 必要ない?

 そうですか。


 それで、結局貴方様は何がしたかったのですか?

 彼女を殿下に紹介してどうするつもりだったのです?

 日々の癒しに……?

 愛玩動物なら素直に動物を用意すればよかったのでは?

 下手に人間を愛玩させるのは……現に貴方様、お二人の婚約に異を唱えた扱いで、コーウェン侯爵家も我が家の立場も危うくさせるところでしたし、だから婚約は貴方様の有責で破棄となりましたし、挙句家を傾かせるかもしれない事をしでかしたから跡取りの座から転落して縁を切られて追い出されたのでしょう?


 あと、そうなる直前で殿下とお話しされたと思いますけど。

 えぇそうです。貴方様にとってはわけのわからない内容だったと思いますけど、あれ心理テストだそうですよ。

 結果としてダメだなこれ、って判定になったから今に至るんですけど。


 いえ、既にまともな説得や話し合いはやり尽くした後だったから、同じ話何度もするのが面倒だったみたいですよ、殿下。側近にするには問題あり、だそうです。


 これからどうしたら……と言われましても。

 平民として生きていくしかないのでは?


 助けてほしい?

 ……何故です。


 確かに以前は婚約者でしたけど、既にその関係ではありません。

 わたくしには既に婚約者がいます。

 今の貴方様はわたくしにとって他人です。


 大体、今までわたくしの事そっちのけで彼女といたのですから、他人であるわたくしよりも友であった彼女に助けを求めては?

 今の彼女は修道院で奉仕活動に勤しむ身。

 友が困っているのなら手を差し伸べてくれるかもしれませんよ。


 わたくしと貴方様の関係は家が決めた政略でしたから。

 縁が切れた以上、わたくしが大切にするべきは今の婚約者であって、他人になってしまった貴方様ではありません。



 そういうわけでそろそろお引き取りを。


 もうじきわたくしの婚約者が来る事になっておりますの。

 えぇ、ですから、いつまでもそこにいられると邪魔ですわ。

 馬に跳ね飛ばされたいのであれば、ここでやらず他所でどうぞ。



 家を追い出され、思い描いていた未来とは異なる道を歩む事になったとはいえ、生きているのですから別の幸せを見つける事もできましょう。

 わたくし、かつての婚約者としてのよしみで幸せになれるよう、お祈りだけはしておきますわね。


 それでは、もうお名前を呼ぶ事のない貴方様、ごきげんよう、お達者で。

 男爵令嬢が転生者かどうかはさておきお花畑であったのは確か。

 この後元婚約者だった男が馬にはねられたか門番に追い払われたか、素直にすごすご立ち去ったかは想像にお任せ。


 次回短編予告

 王子が呪われ、それを救ったのは婚約者であった令嬢だった。

 だが、結果二人の婚約は消えた。

 王子だけが、それを認められなくとも。


 次回 品切れしました次の入荷はありません

 仮にあったとしても、それはもう貴方のものではない。

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元婚約者「…ハァ、ハァ、ハァ」 呼吸が荒い。分かってる、もう二度と元には戻れないと。 何故なら自分自身、もう長くないから。 腹に大穴が空いている。冒険者登録して 身を立てよう、空腹感を満たす為に。でも…
見事にざまあされた後日談 元コーウェン家の人間も平民ww 一週間後、スラムで行き倒れている未来しか見えない
そうよね~ 次回作タイトル予告、 一瞬現状報告かと思うよね~(^-^; なんか、猫宮さんへの初の感想がこんなんで、申し訳なすm(_ _)m
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