それから6 蘇芳とアイラと皆は 【完結】
「薬草取って来たぞ」
「おう、ありがとね」
はじまりの国で、獣人がどさりと店頭に置いた袋の中身を覗いて、人間が笑顔を向ける。
「あ、旦那旦那、悪いんだけど、今度腕っぷしの立つ人何人かで遠出の護衛をお願いしたいんだけど」
「獣人で良かったか?」
「もちろん。獣人さんたちなら頼りになるから安心だよ」
「依頼の報告をしたらまた寄るから、その時に」
よろしくねぇと手を振り合うその横で、衣服を繕う人間の手元をしげしげと見る獣人。
「人間はやっぱり手先が器用だな」
「いやいや、個人差だよ。獣人や動物の中でも器用で丁寧な仕事をしてくれるやつがいっぱいいるじゃないか。適材適所って言うんだよ」
そんな光景をジークと並び歩いて眺めていた初音は、その袖を引っ張る。
ん? と優しい金の瞳を向けるジークに、初音はその腕に掴まり歩きながらその身体を寄せたーー。
「職業斡旋所に依頼仲介場を作る?」
「うん。アスラさんとヘレナさんにお願いしてることを、もっと簡略化して手分けしてできるようにシステム化したらどうかなって」
「あれですよね。ハローワークと、ゲームで言うところのギルド的なやつですよね?」
「そうですそうです!」
胴元の施設を建て変えた会議室で、何やら内輪ネタで盛り上がる初音と理恵に、周りは目を瞬かせる。
「今はまだ互いの信頼とか善意の元って感じではありますけど、やっぱり追々規模や人が増えると口約束は何かとトラブルの元にもなりますし、仲介料で収益化もできますし」
「システム化は大事ですよね!! 特に不労所得!!」
「せっかくですし、この際どんどん試しましょう!!」
「よくもまぁ次から次へと思いつくな」
何やらと意気投合している2人を遠巻きに眺めつつも、アスラが感心したように口を開いた。
そんなアスラを筆頭とした一同を見返して、初音と理恵は顔を見合わせて苦笑する。
先人の知恵とはよく言ったもので、発展レベルの違いからまだまだ流用できそうなシステムは目白押しだった。
「あ、そう言えば、変な噂を聞いたんです」
「噂?」
ヘレナが口を挟み一同が注目すれば、ヘレナはその眉根を寄せて小首を傾げる。
「何でも、西部の方で虫が大量発生してるとか」
「え、虫!?」
ギョッとしてその目を見開く初音に、アスラが続ける。
「俺も聞いたぞ。南部の海が赤く染まったとか」
「え、赤潮!?」
真偽のほどはともかくとして、思い当たる単語を発する初音は理恵と顔を見合わせる。
「か、神!!」
「はいはい」
初音の声にパッとその姿を見せる神に、皆がガタリと身体を震わせた。
「な、何か起こってるのかな、知ってる!?」
「……時々思うけど、初音は神使いが荒い上になぜか私にだけ敬意が足りないと思う」
そんな事をボヤきながら眉尻を下げる神に、初音は苦笑した。
「いいから、何か知ってることがあったら教えて!!」
「えぇ? あぁ、うーん。私が肉の代替えを作ったことで食物連鎖が少し崩れて、草食が多く生き延びるでしょう? で、肉食以外の食料消費が進んで、これまたバランスが崩れたんじゃないかなぁ? ほら、よくあるでしょ。水槽とか小屋の中に、ハッと気づいたらよくわかんない微生物がいるって。多分あぁ言う感じ? しかも、この世界は魔力の影響を受ける訳で……」
「つまり?」
「どうなるかは、私にもわからないかな」
「調査。調査しましょう!!」
「可決で」
街づくりに、外交に、私生活の騒がしさと、まだ見ぬ新たな課題の山。
まだまだ長そうなその道のりに、自警団の面々は顔を見合わせて苦笑したーー。
「ほんとに行くのか」
「行くよ。アイラ、もうじりじり待つだけとか性に合わないってわかったから」
そう言って、旅支度を整えて元気に笑う黒くて丸い耳と尻尾を揺らすアイラに、ジークは諦めたように眉尻を下げて、昨夜の押し問答を思い出す。
「ついてく!? 蘇芳のためにか!?」
「違うよ。アイラがついて行きたいからついて行くの。アイラは、もっといろんな世界を見たいし色んな人とも会いたい。それには蘇芳がうってつけでしょ! ケツァ……なんとかもいるし!」
「ケツァルクワトルスな……」
言えないんかいと言うジークの視線を華麗に無視して、アイラはふふんとその鼻を謎に鳴らす。
「毎回毎回、蘇芳がちゃんと帰って来るかヤキモキして待つの、性に合わない」
「それはそうだろうが、蘇芳には言ったのか?」
「うん。皆んながいいなら、いいよって」
えへんと謎にその胸を張るアイラに、ジークはその言葉が真実であるかを疑わしげに見つめる。
「それに、アイラがいたら、遠慮なく引っ張って連れ帰れるでしょう?」
へへっと笑うアイラに、ジークははぁとため息を溢した。
蘇芳は残ったケツァルクワトルスを使った緊急時の対応や、遠方の調査などを請け負ってくれていて、その姿を見ないことの方が多い。
人間側の生活を壊滅させた事実がある以上、蘇芳自身がその方が気が楽であると言うことを察していた周囲は、帰って来た時は努めて温かく迎え入れるように気に留めていた。
けれどそのうちパッタリとその姿を見せなくなる予感を、誰もがどことなく感じつつあった時、アイラがそんなことを言い出した。
晴天の元、ケツァルクワトルスを撫でる蘇芳が、見送りの初音とジークを見てそっと口を開く。
「……本当に、良かったんですか?」
「アイラは言っても聞かないからな。むしろ、蘇芳こそ本当に良かったのか?」
「……皆さんが良ければとは言いましたが、本当について来るとは……」
そう言っていささか困ったように眉尻を下げる蘇芳に、ジークがジロリとアイラを見下ろし、アイラはたたっと蘇芳の影へと逃げ込む。
「悪いな、聞かん気な妹を任せて。いつも通り、無理せず、何かあればすぐに戻って来い。困ったら連絡をよこせ。必ず行く」
幾分か気安く話しかけるジークに、蘇芳はその頭をぺこりと下げた。
「いつも気にして頂いてありがとうございます」
「いつも遠方の用事ばかり任せて申し訳ない。その上アイラの相手まで……」
「お兄!? どう言う意味!?」
じとりとその瞳でアイラを見るジークに、アイラが騒ぐ。
もうっと怒るアイラを見てジークと初音が笑う。
「気をつけてね、蘇芳くん。戻って来たら、また皆んなでご飯を食べて、ゆっくりして、土産話を聞かせてね」
「はい。初音さんも、子育て頑張って下さい」
そう言って、少しだけ遅れて溢れ落ちた蘇芳の笑顔を、青空の下で柔らかな風が優しく撫でていく。
ケツァルクワトルスに飛び乗って、ペコリと頭を下げる蘇芳と、両手を振って危うくとバランスを崩しそうになるアイラをソワソワと見上げながら、初音とジークはその大きな影が見えなくなるまで見送ったーー。
【完】
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