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74.総力戦

「おーおー、思ったよりも引き連れてんなぁ。獣人対策の魔法使いに、人間対策の護衛集団か。ちらほら奴隷獣人も見えるし、これで中央と分散させてるなら他がガバガバなんじゃねぇの……?」


 ハッと息を吐き出して、アスラが元奴隷の国の壁上から遠目に見えるそれらを眺め下ろした。


 近くにはギドをはじめとしたヘレナや白虎など自警団の姿と、その国を守ろうと立ち上がった非力な人間や獣人、動物たちの姿。


「……これは……心底と腹立つが、あの《《クソヤロウ》》には感謝だな……まぁ、本当に援護に来たら、の話しだが」


 チッと舌打ちをして、アスラがまだ遠い、あまりの人数故に黒い塊にしか見えないそれらを見やり、息を吐き出して、吸う。


 最悪の最悪は、ヘレナをはじめとした生き残る可能性の高い獣人たちだけは、この国から逃す。そう腹の底で、決めていた。


「いいな!! 勝つ必要はない! 負けなきゃいい!! 獣人が来たら私を含めた魔法使いが死ぬ気で止めろ!! 私なんて、なんて言ってる余裕、ここにいる誰1人、1ミリだってないからな!! 手がなきゃ足を、足がなきゃ口を!! 弓でも石でも何でも使え!! 居場所は自分たちの手で守るんだ!!!」


 おおぉ!!! と言う雄叫びが、元奴隷の国を揺らす。


「ふっふっふっ、10年逃げ回った引きこもりを、舐めないで下さいよぉ……っ!!」


「……っ!?」


 いつの間にかとアスラの近くにいた理恵の血走ったまなこに、アスラがギョッとする暇もなく、だんっ! と城壁につけられた理恵の手。


「なんだ……っ!?」


 微かな振動と共に、その茎にいたく棘をつけた植物が城壁を覆うように壁面全体へと伸びていき、それが終わると城壁を囲むように三重ほどにその棘つきの茎を伸ばしていく。


「……すげぇ……っ!」


「……毒矢が足りなくなればいつでも言って下さい……! 動物と植物の関係は、いつだって追いかけっこなんです。簡単に攻略は、させません……っ!!」


「……ほんと、どいつもこいつも……っ!」


 据わった瞳でふっと笑って、たらりと垂れた鼻血を指先で拭う理恵に、アスラは呆れたようにその眉尻を下げたーー。





「威勢よく現れた割に防戦一方ですか」


 鬼たち側につく者。ひとまずの様子見に徹する者。様々な反応を見せる一方で、向かい来る奴隷の獣人たちを初音を抱えたまま受け流すジークは、焔を舞わせて応戦する。


「あれは何だ。魔法? なぜ獣人が魔法を使えるんだ?」


 ざわざわと囁かれる会場の中で、けれどその焔は人々の心を虜にしているようだった。


「ジーク!! どうするの!? 何か手はあるの!? 何でこんなところに……っ!!」


 向かい来る多様な獣人たちから、ジークを守る形で応戦する女豹がたまりかねて声を上げる。


「堪えろ!! 何としてでもーーっ!!」


 つい今し方までジークの頭があった場所を、長い槍が通り過ぎていった。


「ちっ、惜しい……っ!! 次は当てる!!」


 コモドドラゴンの獣人が、ニタリと笑った。


「ジーク!! あの日、あの時、兄弟を隠して、あなたを、助けに戻ったの!! でも、あなたはすでに、どこにもいなくて!!」


「……っ!!」


「あなたを、捨てた訳じゃないの!! あなたを、囮にした訳じゃないのよ!! 何を言ったって、信じてもらえるかわからないけれど……っ……それだけは伝えたくて……っ!!」


「……ってた」


 必死に応戦をしながらも声を掛けてくる女豹に、ボソリと、ジークが小さく溢す。


「ジーク……?」


「わかってたよ、母さん。わかってた……っ」


 ぎゅっとその初音を抱える腕に力を込めて、ジークが穏やかに笑う。


「あなたが生きていてくれて、本当に、良かった……っ!!」


 涙に濡れた女豹の声に重なるように、音が聞こえた。


 何か、とてつもなく大きなものが、空を切る音。そして、近づいて来る音。


「あ?」


 訝しげに、鬼がその顔を上げる。


 思わずと、闘技場の吹き抜けになった空を仰ぐ者たちの、目に映るその黒くて大きな塊に、会場中の者たちの目が点となる。


 どしゃーんとけたたましい音を立てて、リングのど真ん中に落ちたその大岩に、誰もが唖然として言葉を失った。


「な、なん……っ!?」


 事態の収拾が掴めぬままに、どんどんと降ってくる大岩はその数を増して、時には観客席を押しつぶすことで観客を恐怖へと突き落とした。


「う、うわぁぁぁっ!?」


「た、助けて!!」


「誰か!!」


「いやぁぁぁぁあっ!!」


 パニックでごった返す観客席に焦りを見せる鬼。そんな様を、闘技場の遥か頂きから見下ろす赤を帯びた茶の瞳と、そのがっしりとした腕に抱えられた蘇芳の姿。


「ほんっとに、何ひとつとして言うことをきかねぇ小僧だなぁ、おい!! 待ってろって、言っただろうが!!」


 傲岸不遜、威風堂々、その赤みを帯びた長い髪を風に靡かせたアレックスが、ニッとその口端を歪める。


「約束通り、あっちもこっちも助けに来てやったぜ!! 感謝しな!!」


「アレックスさん!!」


「……こっちは待ちくたびれてるんだよ……っ!!」


 その姿に、思わずと頬を緩ませる2人に、両の拳を打ちつけたアレックスは笑う。


「さぁ、人間と、《《初音がまとめた》》獣人。勝つのは果たして、どっちだろうなぁ?」






 時は少し、遡る。


 招待状に記載されている期日が来る直前。再びと元奴隷の国に現れたその一団を見るなり、誰よりも早く動いたのはジークだった。


「どぅわっ!?」


「アレックス様っ!?」


「ジーク!?」


 その場の誰が声を発する前に、瞬間移動でもしたのかと錯覚するほどの速さでアレックスに近づいたジークは、その頭へ強烈な回し蹴りを叩き込んでいた。


「……誰になんと言われようと、お前だけは1発殴る……っ!!」


「……もう蹴ってんじゃねぇか!!」


「燃やされてないだけマシだと思え……っ!!」


 そんなジークの回し蹴りをすんでのところで自らの腕で防御したアレックスは、その顔を引き攣らせてチッと舌打ちする。


「よくも初音に……っ!!」


 そのまま空中でくるりと身体をひねり、アレックスをジークの蹴りが再び襲う。


 防御はしているも、ずざざざざーっと砂埃を上げてその威力に身体を持っていかれたアレックスは、ギリとその顔を上げた。


「キサマ……アレックス様をっ!!」


「待て」


 思わずと食いかかる女ライオンたちを低い声で押し止めたアレックスが、おもむろにその口を開いたーー。

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