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奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。  作者: 月にひにけに
第三章 終わりの始まり

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71.招待状

「あいも変わらずコソコソと、お前は本当に、よほど獣が好きみたいだな」


「あっ、返してください、お兄さ……あっ!!」


 フィオナの手からギドの手紙が奪われて、まだ小さなその身体はいとも容易く床へと転がった。


「ふん、まだあの鳥が忘れられないとは、お前は間違って人間に生まれてきた鳥かなんかだったんじゃないのか?」


「……っ!!」


 自室の床に手をついたまま、フィオナは唇を噛み締めるしかできない。


「あぁ、どちらにせよ自分の意思などないに等しい籠の鳥であるなら、人間でも鳥でもその運命に変わりはないな」


 ハッと馬鹿にしたように、フィオナの兄は吐き捨てた。


「喜べ。お前の婚約者が決まりそうだ。できればもう少し上の爵位持ちの金持ちがよかったが、お前の年齢もあるからな。あの成金の気が変わる前に、お前に興味があるグリネット・グラン男爵令息に父上は決めそうだぞ」


「……っ!!!」

 

 薄々と予想はしていても、あんな男と婚姻生活をしなければならないと言う現実感にフィオナの血の気が引いていく。


「よかったじゃないか。あの鬼畜は捕まえた獣やらを日夜いたぶるのが趣味とかいう専らの噂だから、お前の大好きな動物と一緒にいられるんじゃないか? お前も、散々と自由に生きてきたその性根でもついでに躾直してもらうといい。せいぜいと、あの鬼畜坊やの機嫌を損ねないようにな」


 ぐいっとその髪を荒く掴まれ凄まれて、フィオナの瞳に涙が溜まる。


「お前は、人の神経を逆撫でするのだけは上手いからな……っ!!」


 何がそんなに気に食わないのか、フィオナの兄は荒くその身体を放り投げて舌打ちをした。


「あぁ、そうだ。今度中央で大きな祭りがあるだろう。その催しに、少し手が加えられるらしくてな。なかなかの高額チケットを鬼畜坊やが招待してくれるそうだ。鬼畜坊やの好きそうな様相を考えて、しっかりと用意しておけよ」


「…………」


「返事は!?」


「キャァっ!?」


 バシンと頬を叩かれて、フィオナがうっと呻いた。


「本当にどうしようもない愚図だな……っ!! その祭りには俺も同行する。下手なことをして婚約話を無為にしたら承知しないからな……っ!!」


 悪鬼の如し顔でフィオナを睨みつけて、その小さな身体を足で軽く小突くと、フィオナの兄は荒く部屋を後にする。


「フィオナお嬢様っ!?」


 歳を重ねた侍女が、真っ青な顔で部屋を後にしたフィオナの兄に代わって部屋に飛び込んできた。


 赤くなった頬に、乱れた髪、ドレスなど見る影もなくボロボロなその姿に、歳を重ねた侍女は瞳を潤ませる。


 乳母として2人が生まれた頃からそばにいる歳を重ねた侍女は、血を分けた実の家族であるフィオナへの扱いが信じられなかった。


 見た目の良いフィオナは金持ち貴族に売り渡せばいいとでも言うように、金にがめつい男爵夫妻の意思を受け継いだフィオナの兄。


 小さな頃は、それでもフィオナの手を取って先を歩いていた2人の遠い姿を思い出して、そのやり場のない感情に顔を歪めた。


「うっ……ライラっ、ライラ……っ、ライラぁ……っ」


 そんな2人の姿を、若い護衛は1人、部屋の外から震える拳を握りしめてただ見つめるしかできなかったーー。






「招待状だ」


 自警団の面々を集めた会議室。


 その指先で、ジークが上質な封筒を机上に滑らせる。


「中央の祭りだろう? あれを牛耳ってるのは奴隷商だ。お偉いさんやら金持ちがわんさかと訪れて、奴隷の死闘やらをメインにした催しを開催するとか」


 ペリとその封書の中身を確認しながら、アスラが眉間にシワを寄せた。


「見栄えのいい奴隷を移送したという話しなら、ライラとやらがそこにいてもおかしくはない」


「とは言え、ただの招待ってわけじゃねぇよなぁ……」


 ははっと苦笑するアスラの一言に、部屋は静まり返った。


「まぁ、どう考えても罠だろうな」


 ふうと息を吐くジークに、部屋の空気は重い。


「問題はこの招待状に乗るか乗らないか、だがーー、乗らなかった場合は中央に集めた奴隷を全て殺し、後にここにも総攻撃を仕掛ける。と書いてある」


「………………まぁ、遅かれ早かれだったな」


 はぁと息を吐いて天を仰ぐアスラに、ジークは静かに口を開いた。


「初音とも話した。中央には、俺と初音だけで行く」


「はぁっ!?」


「お待ちください!!」


 ジークの言葉に、その場のほぼ全員が何かしらの反応を返した。


「お前ここに来て何言ってんだ!!?」


「死ぬつもりですか!?」


 アスラとヘレナが、思わずと立ち上がって語気を強めるのを、ジークは静かに見上げる。


「招待状には、俺と初音が来るのなら、ここを明け渡せば他の者を見逃してもいいと書いてある」


「そんな約束守るわけねぇだろうが!!!」


「無謀にもほどがあります!!」


「この奴隷商の元締めは、多分私と一緒の、異世界人なんです。だから、向こうの一番の狙いは恐らくこの事態を招いた私」


 そっと付け足す初音に、アスラとヘレナが眉をしかめる。


「おめおめと向こうの策に乗るのかよ!?」


「犠牲になって死のうなんて考えてはいない。……今回は、申し訳ないが自分たちの身の安全を最優先にするつもりだ」


「……向こうにいる奴隷たちを見捨てるって?」


「……可能な限り、助けたいとは思っている。けれど、人質として取られた場合、俺は、今そばにいる者たちを優先するつもりだ」


「……お前にそんなことができるのかよ、お人よしが……っ」


 至極冷静な様子で話し続けるジークに、アスラはハッと息を吐き捨てる。


「それに、ここだって、安全とは言えない。向こうに場所も壁内の構造も知られている以上、俺たちがいない間に攻め込まれた時の戦力が必要だ」


「だからって……っ!!」


「奴隷の解放に人間の手が必要だが、どうしたって人間は根本的に非力だ。かと言って、獣人では魔法使いに手も足も出ない。ここを獲った時とは違う。守るものが増えると、アレックスの時のように、簡単に身動きができなくなる」


「……私たちは足手纏いってか」


「……そうだ」


「ハッ、言うようになったなぁ、おい……っ!!!!」


 がっとジークの襟首を掴み上げるアスラに、ジークはその表情を変えずに口を開く。


「俺は、ここにいる誰1人、もう、見捨てることができない」


「…………っ!!!!」


 その穏やかな金の瞳を見て、アスラは大きな舌打ちと共にその手を離す。


「……ここを離れている間を、アスラに任せたい。この国にいる全員を、俺の代わりに守って欲しい」


「…………私にはこの国を引っ張る力も資格もないんだ。お前らが帰ってこなきゃ、よくて空中分解だからな!! 責任だけ押し付けて、いなくなったら許さねぇぞ!!!!」


「ーーいつも《《最善》》を選んでくれるアスラがいてくれて、俺は安心して任せていられる」


 穏やかに緩められる金の瞳に、アスラは強く唇を噛み締めたーー。

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