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奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。  作者: 月にひにけに
第三章 終わりの始まり

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69.奴隷印

「……この焼印が俺の力を封じている可能性があるってことですよね。それなら、潰して欲しいです」


 いくらか体調の回復した蘇芳は、起き上がったベッド上で乏しい表情で、けれど迷いなく静かにそう告げた。


「かなり痛いですよ。鎮痛や消炎に類する薬草は多少用意できましたが、気休めレベルです。もとの世界とは比較になりません」


「……わかってます。ただ、理由も終わりもなく、痛めつけられてた時と、今度は違いますし……可能なら、お願いしたいです」


「…………わかりました」


 ふぅと詰めていた息を吐き出して、理恵は隣で聞いていた初音とジークへ視線を向ける。


「近く、処置の準備をしようと思います」


「……お願いします」


 その言葉を受けて、初音はその頭を下げた。


「スオー……、ごめんね、怪我……させちゃって……っ」


 うりゅっとその瞳を潤ませて俯くアイラを、蘇芳はぼんやりと見つめると、そのダークグレーの髪をそっと撫でる。


「キズひとつ増えたって、今更気にもならないから、気にしないで」


「スオー……」


 ふっと微かに笑う蘇芳に、アイラが瞳を揺らす。


「それに……」


「……それに……?」


「……いや、キミが怪我をしなくて、よかった」


「……守ってくれて、ありがとう……っ」


 ぎゅうと握られた肉球のあるその手が心地良くて、嬉しくて、蘇芳はまだ痛む肩の傷が確かに誇らしくて、静かに微笑んだーー。






「ああああああっっあああっっっ!!!」


 室外まで響き渡る声に、人は思わずと耳を塞いだ。


 その金の瞳に涙を浮かべて、初音よりよく聞こえてしまうであろう耳を押さえ、ガタガタと小さくなって震えるアイラを初音はぎゅうと抱きしめる。


 閉じられた室内には、理恵と、ジークと、補助が2人と、蘇芳だけ。


 肉も満足についていない蘇芳の背中にある奴隷印と言う名の魔法陣を、抉り潰すと聞いた処置の過酷さに、悲鳴を聞いた人々は青ざめた。


 永遠かとも思う地獄のような時の中で、初音はアイラと共に、ただひたすらにその無事だけを願っていたーー。






「蘇芳の調子はどうだ」


「だいぶ落ちついたみたい。でも、本人曰く、特に詳しいものとか、何かの声が聞こえるとか、そういうことは変わらず思い当たらないみたいで」


「そうか……」


「それに、やっぱり夜は眠れないみたいで……。部屋で寝るのが落ちつかないから、昼夜外を彷徨ってうつらうつらしてるって、アイラちゃんが……」


 そう言って初音は、処置後の理恵の言葉を思い出す。


「印は、恐らく大丈夫です。深度の深いところまで、対処はできたはずです。辛かったでしょうけど、頑張ってくれましたから」


 言葉を切って、理恵は心身共に疲れ果て、アイラに付き添われて死んだように寝ている蘇芳へと視線を送る。


「それより、彼の場合は精神の方が心配です。その人がどれだけ傷ついたか、傷ついているか、それは本人にしかわからないことですからーー」


「……アイラちゃんと一緒だと、少しだけ眠れるって、最近はよく日向ぼっこしてるみたい」


 晴れやかな青空の下、青く茂る草原の木陰で寄り添って瞳を閉じる2人の姿を、初音とジークは遠目に見遣る。


 悲しそうに、けれど少しの安堵を滲ませる初音に、ジークがそっとその肩を抱いてその髪に口付けたーー。






「アスラ様、あなた寝てますか……?」


「お、おう、大丈夫だ……」


 会議終わり、人もまばらとなった会議室の机で、ぐだりと机に突っ伏して手にした書類をぐしゃりと握りしめているアスラに、ヘレナは眉を寄せる。


「働き過ぎです。顔色がひどいことになっていますよ」


「いや、わかってる。わかってはいるんだが、どうにもこうにも……」


「完全なるワーカホリックですね……」


 はぁとため息を吐いて、ヘレナが額を押さえる。


 自警団幹部に人員管理とそれだけでも忙しいのに、ジークたちからの信用も厚く、何かと聡く細かいことに気づくアスラはそれに加えた雑用に、アスラ自身が持ち出した提案によって多忙を極めていた。


「いい加減に死にますよ」


「いや、うん、大丈夫だ」


 全くと響いていないらしいその様子に、ヘレナが眉間に深くシワを刻み、わざとらしい盛大なため息を吐いたことでアスラはギョッとしてその顔を見上げる。


「え……っ!?」


「アスラ様が今倒れたらどうなると思います? 自警団と人員管理に押しつぶされて、今度は私が倒れます」


「えっ!?」


「それに、アスラ様が預かっている子どもたちはどうなります!? アスラ様がそんな状態で、その上倒れでもしたら子どもたちが不安になるとなぜわからないんですか!?」


「えぇ!?」


 そうそうと見ないヘレナのブチ切れ具合に、アスラは戸惑いから二の句が継げない。


 アスラが発した提案。それは、何らかの理由で生活基盤が確立できない子どもたちを、種族関係なしに預かり、各々に適した生きていく術を模索できる機関を作ること。


「いい加減に1人で抱えるのをやめて、誰かに任せるなり仕事を減らすなり対策を考えて下さい!! 何のための人員管理ですか!! あなたはこの国にも、私たちにも、子どもたちにとっても、今や無くてはならない存在なんです! 大丈夫、大丈夫って、毎日毎日、そんな顔色で目の前をふらつかれるこっちの身にもなって下さい!! 迷惑です!!」


「あ、ご、す、すみません……っ」


 はぁはぁとその細い肩を怒らせるヘレナに、のけ反って目を丸くしたアスラは顔を引き攣らせたーー。




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