66.夜 ⭐︎
「アイツに、一体何をされた」
「ち、ちょ、ちょっとひとまず一回落ちついて……っ!?」
その金の瞳でじっと初音を見つめるジークに変な汗をかきながら、初音は追い詰められたベッドの上で顔を引き攣らせたーー。
時は少し遡り、ジークに抱えられたまま、ひどく懐かしく感じる元奴隷の国へと帰り着いたのはもう夜も更けた頃だった。
帰るなり、待っていてくれた自警団を中心とした何人かと顔を合わせた初音は、顔や腕を手当てされているヘレナの姿に思わずと抱きつく。
ヘレナについては、恐らくアレックスが手加減をしたことと、ヘレナ自身が受け身をうまく取ったことで打ち身程度で済んでいたが、問題は蘇芳の方だった。
「蘇芳くん……」
「今は寝ています。ずっと、彼に付き添っていたアイラさんも一緒に」
薬草と医療の知識を多少持ち得ていると話した理恵に提供したその部屋で、その中を覗きながら声を潜めた3人は話す。
肩口を包帯でぐるぐる巻きにされて、顔色を悪く寝ている蘇芳の傍らに突っ伏してアイラが寝ていた。
「ご無事で何よりでした。初音さんもお疲れでしょう。彼についてはご相談したいこともありますし、また落ち着いたらお時間をください。……怪我の手当てもいたしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。俺がする」
「え?」
チラと視線を送り伺う理恵に即答したジークに、初音は目を丸くする。
「……わかりました、必要な物品を後ほどお部屋にお届けしますから使って下さい。もし不足があればご遠慮なく」
にこりと笑う理恵に礼を伝えると、ジークは有無を言わさずに初音の身体を抱え上げて自室へと足を早める。
「あ、あの、ジーク……?」
「………………」
その腕の中でそろりと声を掛ける初音へ返事を返すことなく、ジークは部屋に入るなり初音を椅子へと下ろし、部屋についている浴槽にお湯を溜め始めた。
「ジ、ジーク……?」
平静を装っているが、明らかに様子のおかしいジークにそわそわとしながら、初音は尚も忙しく動き回っているジークに戸惑う。
「少ししみるかも知れない……」
「だ、大丈夫だよ! それより、ジークは本当に怪我とかない……?」
「あぁ、むしろ怪我した者に申し訳ないくらいだ」
椅子に座った初音の目線の高さに座り込んだジークが、ふっとその瞳を緩める。
そっと伸びたジークの指先が、心配そうに初音の頭や顔に腕、指先や足などをくまなく確認しながら、泥にまみれた傷だらけの身体を優しく撫でていく。
どきどきとうるさい心臓が、ジークの指先が触れる度に大きく鳴るのがわかった。
汗と泥で固まった髪を指先で流し、耳に触れて、頬を撫でられ、初音の瞳と金の瞳が絡まると、そのまま唇がそっと重ねられる。
様子を伺うように最初は軽かった口付けが、次第に深く強くなり、頭を支えられたジークの手で逃げ場を失った距離に初音の身体が震えた。
「は……っ」
ピクリと身体を震わせる初音の隙を逃さずに口内へ滑り込んでくる舌に、途端に思考がマヒしていく。
「ふっ、ぅっ」
ジークである安堵からか、初音は自身の身体が必要以上に敏感になっていることに気づいていた。
「んぅっ」
そのまま椅子の背に押し倒されるように深く唇を重ねられて、初音の視界が滲む。
「……身体を洗って手当てしよう」
「ぅ、うん……っ」
すでに意識が朦朧としている初音の衣服にそっと手を掛けるジークに、初音はハッとする。
「じ、自分でっ!! 自分でできるよ!?」
「………………」
すっかりそれどころではなく忘れていたが、初音の胸元の衣服はアレックスによって少し引きちぎられている。
そこまで目立つ訳ではないとは言え、衣服に手を掛けられればさすがにわかりそうだった。
未遂とは言え、ジークに変な疑いや心配、誤解をされたくなくて、初音はどことなく不満気なジークに気づかないふりをして服に手を掛ける。
「あ、じゃぁ、入ってくるーー」
「……一緒に入りたい……」
「えっ!?」
ジークに背を向けたまま衣服を脱ぎかけていた初音は、後ろから伸びた腕にその身体を抱えられて固まった。
「あ、あの、ジーク!?」
あわあわと目が回りそうにぐるぐるして、初音はドッドッと鳴る心臓を持て余す。
そうこうしている最中も、身体に回された腕にはぎゅうと力が入り、初音の首元に顔を埋めたジークの息遣いに身体は火照っていった。
「……俺が洗う」
「え、いや、でも……っ」
「洗う」
「………………」
これはダメなやつだと諦めて、初音は直ぐ横にあるジークの頬にキスをする。
お返しは、有無を言わさずに唇を奪われた。




