8.窮地
「お兄なら大丈夫っ! 本気で殺し合うつもりは、多分お互いにないはずだからっ! ……それより今は、お兄の足を引っ張らないようにアイラたちがどこかに隠れないとっ!」
「……わ、わかった……っ」
奥に行くほどに暗い洞窟を初音を抱えたまま風のように走り、途中置いてある荷物にも目もくれず、洞窟内に勢いよく流れる水音を軽々と飛び越えて、アイラは奥へ奥へと走り続ける。
「ど、どこに行くの?」
「洞窟の反対側にもう1箇所穴があるから、そこから外に出る……っ」
暗すぎて何が何やらわからなかったけれど、目の前に突如差した光に目が眩む。
「ここーー……」
「……っ……どうしよう……っ」
出口を目前に足を止めたアイラに、初音はその顔を伺い見る。
「こっちにもハイエナが……っ」
クンと鼻を鳴らして、血の気が引いた様子のアイラが後退る。
アイラの言葉に目を凝らせば、確かに洞窟の逆光の中で動く影がいくつも見えた。
さすが集団の統率力が並外れていると言われるだけあると変に納得しながら、初音はゴクリと喉を鳴らす。
「アイラっ!」
「お兄っ!」
ハァと息を吐いて追いついてきた青年に、アイラは飛びつく。
「ケガはっ!?」
「焚き火とシカをぶん投げて来た。女はともかく男どもは目が眩んでたから、多少の時間は稼げるはずだ」
「お兄、こっちにもハイエナがーー」
「ーー…………」
青年の表情が険しくかげる。視線を揺らし、ギリと歯がみするのがわかった。
「ーー俺が囮になるから、アイラはこいつを連れてーー……」
「あの」
何事か言おうとした青年の言葉を遮って、初音は声を発する。
「……何だ」
剣を含む声音に、青年が本当に焦っているのが伝わる。そんな状況下でも、対して縁のない足手まといの初音を売り渡す様子がないことが、純粋に嬉しかった。
「私をブチハイエナたちに引き渡せば、2人は洞窟から無事に逃げられそう?」
「お姉!?」
「……言っている意味がわかってるのか? さっきのハイエナどもの話を聞いてただろ。あれは脅しじゃない。あいつらはそういうヤツらだ」
青年の言葉に恐怖から決意が揺らぎそうになるも、初音はぐっと拳を握りしめて堪える。
「……もし洞窟から出られたら、ハイエナから私を助けてくれる?」
「ーー…………保証はできない」
助けないと言う返答でないことが嬉しくて、初音はギュッと唇を引き結ぶ。
狭い洞窟内ではクロヒョウの最大武器である機敏性を活かせない上に、多数に無勢で不利であることが明白だったが、やはり力関係として群れに対する不利さは不動なのだと再確認する。
「お姉ダメだよっ!」
何かを察して半泣きになるアイラに初音は目線を合わせて笑いかける。
「……心配してくれて、助けてくれてありがとう、アイラちゃん。この世界も悪くないなって思えたのは、2人のおかげだよ。危険を犯してまで守ってくれようとしてくれて、嬉しかった」
「世界? 何言ってるのお姉っ!」
ぎゅうとアイラを抱きしめて、初音を苦い表情で見下ろす青年を見上げる。
「……もし、万が一助けてくれるなら、無理はしないで……。私のせいで、あなたたちに怪我をして欲しくないから」
人間の中にも動物の中にも居場所がない初音を、心優しい2人が危険を犯してまで助ける価値は、きっとない。
「…………」
「……でも、これ以上他人に好きなようにされるのだけはゴメンだから、それは最終手段にする」
「…………なに?」
「お姉……?」
「一か八かだけど、付き合ってくれる……?」
不安で押し潰れそうな胸に見ないフリをして、初音は緊張でぎこちない笑顔を2人へ向けた。