57.傲岸不遜
「アレックスだ。話しは簡単。待てども待てどもお前たちの方から挨拶がないから、俺様自らわざわざと出向いてやったまでよ! ありがたく思いな!!」
「ど、どうも……」
ひとまずと案内した、胴元施設の玄関先にある一室に案内された派手派手しい集団は、あいも変わらずふんぞり返っていた。
何とも言えない空気に気圧されて思わずぺこりと頭を下げた初音だけれど、ジークをはじめとした自警団の歓迎しない空気はわかりやすい。
アレックスと名乗った、言わずと知れた百獣の王と呼ばれるライオンの獣人に、一見すると獣の部分は見られない。
しかしながら、その圧倒的な存在感と周囲を射るような鋭い瞳は、その整った造作を否応なく華やかに飾り立て、凄まじい色香を放っている。
「それで、異世界人の女とやらはお前のことか?」
「えっ!?」
くんくんとその形の良い高い鼻を鳴らすと、アレックスはジークの影になるように佇む初音へとその視線を止める。
「そのヒョロくて青臭いクロヒョウを王なる存在に押し上げたとか? 誠か?」
自身のアゴをその指先で触りながら、雄々しい片眉を上げて見下ろしてくるアレックスに、初音は思わずと後退る。
「え、いや、あの……っ」
「どこで仕入れたのか知らないが、あなたには関係のないことだ」
初音を庇うように前へ出て、今にも唸り声を上げそうなジークを、アレックスは余裕の顔で見下ろした。
「ふん、たかだか女1人に余裕もないとは。実に青臭い」
ふっと小馬鹿にしたように笑われ、カチーンとジークのまとう空気に苛立ちが絡んだことをその場の全員が察したが、当のアレックスは歯牙にも掛けない。
「ーーで、わざわざと《《ご足労》》頂いた用件はーー」
「別に?」
「は?」
明らかな苛立ちを発しながら低く問うたジークへの気の抜けた返答に、一同は目を丸くした。
「言っただろう。挨拶だ。顔見せってやつだな」
はっと息を吐いて肩をすくめると、初音を見つめてバチんとウインクするアレックスに、一同は恐る恐るとジークを伺い見る。
「そうだな、まずは友好を示す歓待とやらでも受けてやる」
「は?」
次々と飛び出す謎の要求に、一同の思考はついて行くこともできずに眉をひそめるばかりの中で、ジークの声は一際低い。
「俺様と友好的にしておいても損はないんじゃないか? ざっと見た感じでも、国にいるのはひ弱な人間と自然界にいれば淘汰されるような獣人と獣ばかり。弱いやつばかりを囲っているようなお人よし、肝心なところで何も守れやしない」
はっと見下ろしてくるアレックスを、ジークは剣呑さを増した金の瞳で睨み上げる。
「おっと悪い。俺様はつい親切心で口を出し過ぎるきらいがある。悪かった。不快にさせるつもりはなかったんだ、許せ」
とも思えば両手を上げて悪びれなく肩をすくめて見せるアレックスに、あれで悪気がない? と思わずにはいられない一同は、アレックスワールドに口も挟めずに顔を引き攣らせる。
「まぁようは取り引きだ。ヒヨッコなお前の言葉を聞かない荒くれどもも、俺様の言葉になら耳を貸すヤツもいる。ここを攻撃するもしないも、人間相手に力を貸すも貸さないも、全く役に立たないってことはないと、そうは思わないか?」
ニヤリと含みのある顔で腕組みをして尊大に見下ろしてくるアレックスと、ジークはしばし無言で睨み合う。
「ジーク……」
そっと声を掛けた初音とアスラの声が重なり、顔を見合わせる2人を視線の端で見たジークは重い息を押し出した。
「まぁいい。ただし、この大人数に肉食を象徴する客人だ。勝手な行動は謹むと約束をしてもらう」
「あぁ、もちろんだ。俺様は人間の生活ってものに興味がある。食に住まいに衣服。あぁ、風呂ってやつも入ってみたいな!!」
はっはっはっと好き放題のたまうアレックスに段々と頭痛を覚えながら、ジークは低く続ける。
「こちらの指定する付き人とは、常に行動を共にしてもらうのは絶対条件だが?」
「もちろんだ。案内人は必要だからな。その女も宴に付き合ってくれるのか?」
「付き合うわけがないだろう……っ!!」
いい加減にしろ!! と途端に険悪となる場の空気に、一同は冷や汗を垂らす。
「アスラと……ヘレナに、あとは適当に見繕って案内を頼めるか?」
「まて、ヘレナは仕事が山積みだ。獣人代表と言うなら、私と白虎さんでも構わないだろう?」
ジークがアスラとヘレナに目配せをして、ヘレナが頷こうとしたその瞬間に、アスラが素早く割り込む。
「……アスラのやりやすいようにしてくれ……」
「任せろ」
そんな一連の流れを見たその場の男性陣は、女性陣を何としてでもアレックスと言う名の色男に近づけたくない様子の2人に、心中で同情を禁じ得なかった。