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奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。  作者: 月にひにけに
第三章 終わりの始まり

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56.開幕

 元奴隷の国の玄関口である門前は、まだ陽の高い真昼間から前触れもなく現れた影に、ざわざわと不安を募らせた。


 じゃりと、地面を踏みしめる強靭な足に、惜しげもなくはだけた胸元も露わな派手な衣服と褐色の肉体美。


 赤みのかかった長い茶の髪を風になびかせ、女の獣人を多数従えた色男。


「おい、王がわざわざ出向いてやったんだ!! 代表者をさっさと出しな!!」


 傲岸不遜、威丈高を地でいくようなその物言いの色男に、人間たちは恐れ慄き、獣人や動物もごくりと息を呑んで気配を消す。


「お、おい、あれって……っ!?」


「と、とにかくさっさと上の人たちを誰でもいいから呼んでこい……っ!!」


「あのー……」


 あわあわと恐慌状態に陥る門前の見張りたちに、そっと話しかける声。


「あの、私人間ではあるのですが、こちらの初音さんとどうしてもお話ししたく……」


「はぁ!? あ、あんた空気読んでくれよ!! どう見たって今そんなこと言ってる場合じゃないのくらいわかるだろう!?」


 その場の視線を全てかっ攫う色男と女の獣人たちの集団に、血の気が失せた顔の門番は、雑に返す。


 対して、ローブを被り色香をまとった壮年の女は申し訳なさそうな顔はするも引く気配はなく、重ねて口を開いた。


「できましたら初音さんと同郷の、異世界人が尋ねて来たと、併せてお伝え下さいますと幸いです」


「は、はぁ!?」


 聞き捨てられない言葉に素っ頓狂な声を上げる門番の思考はすでに働いていない。


 開幕早々、嵐の予感が吹き抜けたーー。






 時は少し遡り。


 元奴隷の国解放に携わった者を中心とした進捗会議が、未だ健在な胴元施設の一室で行われていた。


「人員の報告を」


 手元の資料を見ながら、ジークがその視線をアスラへと向ける。


「多少の入れ替えも最近は落ち着いて、大きくは変動していない。全体としては人間6割、獣人2割、動物2割程度で、人間の9割は奴隷上がり。残り1割はこの国の元住人と、移住して来た物好きだ」


「物好き……」


 アスラの言葉に、初音は思わずと眉尻を下げて苦笑する。


「人間の中には魔法使いと、多少腕に覚えのあるものも含まれてはいるが、ほとんどは非戦闘員と考えた方がいい」


「獣人側も、大部分は怪我や衰弱。老齢や親のいない子どもなど、ハンデのある者が目立ちます。その他の動物に関しては、撹乱要員とは見ても、獣人と同様の戦力として考えるのは危険です」


 自警団の中でも人間を主だって担当するアスラに続き、獣人や動物を担当するヘレナが後を引き継ぐ。


「あ、あと、人員に関して後で相談があるから、時間をくれ」


「わかった」


 すいっと手を上げて発言したアスラにジークが短く答えると、再び向けられたその視線を受けたヘレナが言葉を結ぶ。


「主だって動けるのは自警団のメンバーが主とお考え下さい。とは言え、この比率の力関係であるから、大きな混乱や反発が少ないと言うのは確かです」


「街の整備は?」


「建築知識のある人間を中心に、獣人が協力していて進みは悪くない。浴場や食堂、宿泊施設など流用できるものも多い。象の獣人たちが協力してくれてるのも大きい」


 自警団の獣人側幹部である白虎が口を開く。


「食料問題は?」


「人間たちの家畜制度を主に流用している。この国の施設規模が大きいために余裕はあるが、家畜の遠縁がよく思わないのは現状はどうしようもない」


「家畜制度の動物たちは何で何も言わないの……?」


 ボソリと尋ねた初音に、アスラが少しだけ考えてから口を開く。


「人間は主に牛と豚と鶏を繁殖させて食料として供給する術を確立している。ここ最近の話しではなく何百世代も前から延々と繰り返し続けて、与える刺激を殺し、その意志を考える余地すらなく食料として転換するシステムだ」


 アスラの言葉を引き継ぐように、ジークも静かにその口を開く。


「人間の扱う馬を見ただろう。家畜の動物ほどではないが、あの馬たちも似たようなものだ。はなからそういうものだと意識に植え付けて、そもそもの意識から殺させている」


「…………そっか」


「廃止したところで変化はすぐには起きないだろう。しかも、今はそれに助けられているのも確かだ。国内での種族間対立を避けるために争いを全面禁止にしているが、食料がなければそんなことも言ってられないし、代替え案もない今は割り切るしかない」


「そうだね……」


 まとめたアスラの言葉を最後に、議題は次へと移り変わる。


「自警団は?」


「ギドさんと白虎さんを筆頭に、人間と獣人を混ぜたチームでうまく機能はしているはずだ」


 ジークの視線を受けて、白虎に視線を送ったギドが口を開く。


「話が通じる相手ならアスラとヘレナ殿に間に入ってもらい、通じない場合は私と白虎殿で鎮圧をしている。ジーク殿が出るまでの事態は今の所はない」


「蘇芳については……」


 そう言って向けられたジークの視線に、初音は少し緊張した面持ちで口を開く。


「話してる感じだと私と同じ異世界人だと思うけど、現状は大きな変化は見られないし、精神も参ってる。もう少し時間が必要だと思います」


 背中に押された焼印のせいか、はたまた初音とは何かが違うのか、現状での蘇芳に初音と同様の力が発現する兆候はなかった。


 とは言え内包する恐れのある力が大きい可能性があるだけに、安易に捨て置くこともできない。


「……問題は山積みだが、体制の強化に尽力してくれて感謝する。正直、このまま人間側が黙っているとも思えない。引き続き、少しでも多く備えを固めたい」


 各自の報告が終わり、部屋に集った面々は互いに目配せをし合ったーー。






「戦力を増やしたい?」


 会議に集まった皆の退出後、初音に引き止められたジークとアスラはその言葉に目を丸くした。


「ジークにばかり負担がかかるのもあるし、ネロはまだ小さいから……。何となくだけど、もう1人くらい契約できそうな気はしてて」


 どうかなと伺い見れば、思うよりも表情を曇らせた2人の顔。


「戦力の増強は賛成だが、安易な人選は命取りだ。整理すると、獣人の魔力MAX100を120に底上げするイメージで魔法が使えるジークになる。で、現状ネロがその大部分を食ってて余力が少ない上に下手したら足りない」


「うん」


「次に、契約にも解除にも双方の同意が必要で、一方的な解除ができないのはネロと検証済み」


「うん」


「しかも、絶対的な主従関係とも言い切れない。指示なく離れると互いに不快さが出る。互いが遠いと力が弱まるなどはあるが、絶対服従と言う感じはない」


「うん」


「つまり、契約後に操縦不可能になる可能性を否定できないってことだろ?」


「うん……」


「今現在統制が取れているのは、皆がジークの存在とその力を認識し、かつ人間である初音との関係も認知していることが大きい。多少の荒くれも、恩義と力の差で暴挙に出ることを抑制されている。ネロはまだ幼いし、初音との信頼関係から介入する余地がない。つまり、実質一強体制のジークが居場所を提供しているから、大部分が大人しくしている」


 言葉を切ったアスラの後を、ジークが続ける。


「中途半端な立ち位置の獣人が現れた場合、この優位性が崩れるだけでなく、反旗を翻したり、本人をよそに他の獣人たちに祭り上げられる可能性は捨て切れない」


「私や人間の側であるのが明白な獣人でないと危険ってことはもちろんわかるんだけど、それなら、白虎さんやヘレナさんとかはどうかな……とか……」


 そろりと2人の顔を伺い見る初音に、ジークとアスラは顔を見合わせる。


「……2人のことはもちろん信頼できるが、白虎は実質獣人代表だし、ヘレナも獣人の中でも一目置かれ過ぎてる。現時点で立場が強すぎる2人を要らぬ火種にする可能性がそれこそ高い。それに……」


「……それに……?」


 言葉を切ったアスラを、初音とジークが見る。


「…………ヘレナは優しいし、ヘレナを頼りにしてるヤツも多いから、危険な場や、そう言うしがらみに、できたら関わらせたくない」


「……アスラさん……」


 部屋の外で、気配を消して伺い聞いていたヘレナがすっとその場を離れる気配に、ジークは1人、そっと視線を向ける。


 そんな中で間髪を入れずにバタバタと近づいてくる騒がしい足音に、ジークはその顔を向けた。


「は、初音さん!! ジークさん!! 自警団の皆さん!! た、大変です!!」


「え!?」


 そして事態は、招かれざる訪問者問題へと立ち戻るーー。





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