52.囲われる ⭐︎
「ーーで、いい加減誰かあいつらを連れ出して来れないのか……っ」
はぁと陰鬱な顔をして苦々しく呟くアスラを、その場にいた一同は眺める。
胴元の施設内にある会議室という名の日時報告の場として、そこに集まっていたアスラやギド、パピーミルからその中心を担っていたヘレナや白虎などの獣人や動物たちが集うその部屋に、本来いるはずの姿がないことには皆気づいていた。
気づいていたが、空気を読んで誰も何も発していなかったのを打ち破ったのがアスラだった。
「……まぁ、私たちの意志の象徴としてお二人には姿を見せて頂く方が良いに越したことはありませんが、ジーク様の最重要責務は暴動の鎮圧と国の防衛というところが大きいですし、特段の問題がなければ私たちでも対処できるように役割は決まっていますから」
「それにしたってこのクソ忙しいのに、部屋に引きこもってからすでに4日は経ってるんだぞ!? 食事は摂っているようだが、こんなに出て来なくて本当に大丈夫なのか……っ!?」
冷静なヘレナの言葉にも納得はできず、とは言え容易に踏み入れる雰囲気でもないアスラはソワソワと視線を揺らした。
時折りひどくご機嫌で食事を自室へと運び込むジークの姿や、簡単な報告を受けるジークの姿を見かけることはある一方で、初音の姿は異様なほどにまったくと見かけないのだから無理もない。
「そこは、まぁ、ほら、ジーク様も若いですから」
「…………若い……?」
「……恐らくですが、20歳前後ですよね?」
「あいつ年下かよ……っ!!」
あがっと口を開いて雷を受けたかのような衝撃を受けるアスラに、ヘレナは相変わらずの冷静さで口を開く。
「獣人はある一定の時期を過ぎると外見が急激に成長しますし、ジーク様は性格も相まって大人びて見えますから無理もありません。とは言え、この間までのヤキモキする感じを側で見せられ続けるよりはいいかな、と」
「ま、まぁな……」
ヘレナの言葉にうんうんと頷く一同に脱力しつつ、アスラは頭痛のする頭に手を当てる。
初音に対してジークが自分から距離を取ろうとする反面で、初音に他意なく近づく異性に対してさえ敵対オーラが凄まじすぎて、側から見れば一体何をしているのかと疑問でしかないのに突っ込める空気でもない。
「それにしても、初音は本当に大丈夫なのか……? 4日って……」
うぅーんと眉を寄せて腕を組むアスラに、しばし黙ったヘレナはボソリと呟く。
「アイラ様いわく、ヒョウの発情期は7日ほどらしいので、そろそろ出て来られるとは思うのですけど……」
「な、7日……っ!!?」
嘘だろと顔色を変えるアスラはしばし衝撃に固まると、はぁとため息を吐いて本来の目的である会議の議題に取り掛かった。
「初音」
ジークの声と共に、頬に降ってくるキスの感触に初音はその瞳をうっすらと開ける。
「……ジーク?」
素肌のままにくるまったシーツを引き上げつつ、身じろいで仰向けた初音の首筋や耳へ唇が寄せられる。
「……はっ……ジーク、ちょっと待って……っ」
寝ぼけ眼の初音がくすぐったがるのを構わず、ジークはシーツに隠れた肢体の上に覆い被さってじゃれついた。
「は……っ、ぁ……っ、ジークっ!」
上がったまま落ちていないのではないかと疑わしいほどに敏感なままの身体に負けて、初音が思わずと突き出した両腕をパシリと捕まえたジークは、その手の平へと口付けを落とす。
「……まだ全然足りない……」
「へ、や、ちょ、待っ……!!」
静止の声もむなしく、初音の両手首は優しくベッドへと縫い留められて、唇を塞がれる。
ジークと想いが通じたあの夜から、気づけば初音は文字通りベッドからほぼ一切と降りることができないでいた。何だかんだと理由をつけてベッドから逃げ出そうとするも、にゅっと伸びた腕に捕まって引き戻されて、腰を抱えられて連れ戻される。
部屋についていたお風呂さえも抱き抱えられて入るような有様で、食事やトイレの時すら欲を言えば口惜しそうなジークの様子に初音は戸惑いを隠せない。
「ジーク、そろそろ……っ、皆んな心配してるんじゃ……っ」
シーツを身体に巻き付けて、四つん這いに逃げる初音の身体は事もなく捕まえられた。
すでに蒸気して軽く汗ばむ肌を背後から抱え込むように指を滑らせながら、ジークはそっと無防備な耳を舐める。
「……報告はもらってるし、何かあれば呼びにくるだろう」
「いや、それはそうなんだけど……っ」
手慣れたように触れられる初音の身体は、この数日でジークに作り変えられてしまったかのように面白いほど言いなりだった。
簡単に熱くなる身体にクラクラしながら、カリと甘噛みされた肩の痛みにビクリと反応する。
「は……っ」
反応がいいところを探すように甘噛みを繰り返すジークに遊ばれて、背後から捕まえられた右手首と顎のせいで抵抗もできない。
「また……、だめっ」
「…………かわいい」
耳まで真っ赤にして荒い息を吐く初音の首筋や身体に、ジークはすでに数えきれない赤い痕を増やしていく。
散々と繰り返された行為に疲労が募るのに、触れられてしまえばすぐに受け入れ体制が整ってしまう自身の身体に歯噛みしながら、初音はジークへ訴える。
「ちょっと、ジーク、もう無理……っ、元気過ぎる……から……っ!」
体格は元より、獣人相手では全く歯の立たない力で逃げられない。
「初音がほんとうにイヤならやめる」
「は……っ!?」
そう言いながら、きゅーんと幻の耳と尻尾を見せて初音をじっと見る金の瞳に初音は言葉を失う。
「……は、発情期中でも、日常生活は送れそうなの……?」
頭に流れ込んでくる情報に沿って、恐る恐ると尋ねる初音に、ジークはその金の瞳をしばし上へと泳がせると、こくんと頷く。
「初音がいたら大丈夫」
「………………」
それはどういう……? と言う言葉を飲み込んで、眉を寄せた初音はため息をついて、身体に絡まるたくましい腕に触れる。
「……なんか《《はじめて》》を覚えた男子高校生みたい……っ、……イメージだけど……っ」
「……? 俺は初音がはじめてだ」
「……え?」
思わずとその小首を傾げるジークの顔を、初音はまじまじと見る。
「ジ、ジークって何歳……?」
「……人間的にはもうすぐ20歳くらい……か?」
「はっ!! と、年下だった……っ!?」
ピシャーンと雷に打たれたような衝撃に固まる初音が面白いのか、ジークがははっと幼い表情で笑う。
そんな笑顔に簡単にノックアウトされた初音は、胸に刺さった幻の矢にくっと歯噛みする。
「……だから言っただろう、……本当に《《いいのか》》って」
「……っ!!?」
シーツに包まれたままの初音を軽々と抱き抱えて、ジークは真っ赤な初音の顔を悪い顔で覗き込む。
「もう逃すつもりは、ないけどーー」
元より逃げるつもりもないけれど、がんじがらめに囲われている感覚に、初音の身体の奥底がぶるりと震える。
「き、今日まで、今日までね! 蘇芳くんだっているんだし! 明日はもう終わり!!」
「わかった」
赤い顔で虚勢を張る初音に、ジークは穏やかに微笑む。
2人は唇を深く重ねて、贅沢な時間へと舞い戻る。
初音はまだ知らない。
日常に戻った時間を取り戻すように、そうでない時間をジークに囲われる事態になることをーー。