51.あなたと ⭐︎
初音はどきどきと、自身にまたがったまま衣服を脱ぐジークを手持ち無沙汰に見上げた。
薄明かりに照らされる、その引き締まった均整の取れた肉体の目のやり場に困り、思わずと視線を揺らす。
「……ジーク?」
初音の上で半裸のまま、しばし停止して視線を泳がせるジークに、初音は自身の身体を最大限に腕で隠しながらその顔を見上げる。
「…………これを……一緒に飲んで欲しいんだが……っ」
少しの後に諦めたように、ジークが吐いた息と共に自らの衣服から薄い紙に包まれた粉薬を取り出す。
「…………これ、何?」
「………………避妊に効果のある薬草の粉末だ」
「ひに……っ」
口にすると思いのほか生々しくて、ぼっと赤くなって言葉に詰まる初音にジークが慌てる。
「ちがうっ! いつも持ってる訳じゃなくて……っ!!」
つい先刻まで下手をすれば距離を取るなんて話しになっていた手前、あまりの気まずさにジークが焦る。
「…………今日、アイラに押し付けられたんだ……っ!!」
「………………あぁ、ありそう……」
これ以上ないほどに真っ赤な顔で歯噛みしながら、初音の上で声を押し殺すジークに、初音は全てを悟った。
初音自身も自分で相談していた手前、もの凄い含みのある満面の笑みで衣服を渡し、風のように去っていったアイラを思い出して乾いた笑いを浮かべる。
「だいたいあいつはいつの間にこんなことを知ってるんだ……っ!!」
「……まぁ、女の子が自衛のために正しい知識を知っておくことは大切なんだけどね……」
まったく! と別次元で憤慨しているジークに苦笑しつつ、初音は触れられる範囲にあるジークの膝にそっと手を伸ばす。
「……そんなものがあるって知らなかったから、ちょっと安心したかも。……言いにくいのに、ちゃんと教えてくれてありがとう」
へらっと笑う初音に、真っ赤な顔で口を尖らせて初音を盗み見るジークが子どもみたいで、初音の頬がゆるむ。
「……っ……!!」
そんな感じに1人で勝手に和んでいたところで、そろりとジークに露出しているお腹を撫でられて初音はビクリと震えてその顔を見上げる。
「……人間には特に、出産は命懸けだろう。こんな不安定な状況で、人間の医術に明るい者もいないまま、細い身体に負担は掛けられない。……それにーー……」
「……それに……?」
「俺たちの間に産まれたから、半獣だと、子どもに苦労を掛けさせることもしたくない」
「ジーク……」
状況は違えど、ジーク自身がクロヒョウという毛色の違いから、本当の家族と別離する事態になったことを気にしているのだとわかる。
一も二もなくその全てが嘘偽りない感情であるとわかるからこそ、ジークの紡ぐ言葉全てが初音の心に沁みていく。
「色々、……私の身体や子どものことまで、真剣に考えてくれて嬉しい。2人のことだし、将来のことは2人で一緒に考えていこう」
へらと笑う初音を見下ろしたジークはその眉間に力を入れると、初音を優しく抱き起こしてその身体を抱きしめる。
「………………ほんとうは今すぐに初音が欲しい。子どもも欲しい。俺だけのものにしたい。誰にも見せたくない。渡したくない。ずっと一緒にいたい」
「お、おぅ……?」
何やらいつにも増して激甘で、スリとその鼻先を初音の首元にすり付けてくるジークにどきどきして、初音は言葉に詰まる。
ーーあれ、って言うか、気づけば結婚みたいな話しにまでなっているような……?
あれ? とぎゅうっと抱きしめられたままに、初音は目を瞬かせる。
ーーあ、もしや獣人だから? 付き合ったら即結婚みたいな……?
思っていたよりも怒涛の急展開な流れに、嬉しい感情の反面で戸惑い始めた初音の顔をジークがじっと見る。
「…………初音……?」
きゅーんと効果音が聞こえそうなほど、今はない黒い耳と尻尾が見えそうなジークの縋るような金の瞳。
そんな瞳をポカンと見返した後、初音は破顔してジークに勢いよく抱きつく。
「私、付き合うのは結婚が考えられる人だから、むしろ歓迎だよ……!」
「っ!?」
そのままジークをベッドに押し倒して、初音はキスを落とす。
少し驚いた顔をしているジークと、近い距離で笑い合う。
初音の頬に添えられた大きな手は優しくて、強くて、愛しさが溢れてくるようだった。
「大好き……っ」
数えきれないほど重ねられた唇に飽きることなく、2人は求め合うようにキスをしたーー。




