46.予感
「おいおいおいおい!! あいつの全力やばくないかっ!? あんな強いなら最初からあいつ1人で何とかなっただろう!?」
ひええぇぇっと顔を引き攣らせたアスラが、施設内を剣を片手に先導して走るギドの背中を追いながら、自身の横を走る初音へと叫ぶ。
「いや、私もびっくりしたと言うか、ジークはいつも強くて守ってくれますけど、あんな規模の力は見たことなくて……っ!!」
バイパーの正体は元より、ジークの焔のあまりの威力に、胴元の施設内は混乱の極致に陥っていた。
情報が錯綜し、我先にと逃げる者や、ただ狼狽える者、暴挙に出る者、不安に駆られながらも指示されていた業務に従事する者と様々ながら、その統率機能は皆無と言わざるを得ない。
そんな最中でも初音たちを止めようとする仕事熱心な者は、ギドにことごとくと沈められて廊下の端に次々と転がっていく。
「あいつマジでおっかねぇな……っ!! あんなやつにタイマンで大口叩いちまった……っ!」
山場を超えて明らかにいくらか冷静になってきているアスラは、今更ながらにその背筋をぞっと震わせて半目で口の端を引き攣らせる。
そんなアスラの様子に初音とギドが頬を緩めた所で、足を止めたギドに皆がその先を見た。
大きなドーム状の広いホールに、入り乱れる人と数えきれないほどに連なる檻や繋がれた者たち。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
不安な面持ちで初音を横目に見るアスラに、いくらか緊張した様子で初音はごくりと喉を鳴らす。
「獣人についてはある程度は大丈夫なはずですが、思想の個体差はこの短期間ではどうしようもありません! ジークがいない今は決して警戒は緩めないでください! 逃し終わった後も、余裕があれば魔法使いへの対処を! 人間についてはその都度協力を仰ぎながらいきましょう……っ!!」
「おーおー、骨が折れるね、これは……っ! よく2人で事を起こそうと考えてたな、信じらんねぇわ」
はははと乾いた笑いと共に息を吐くアスラを見上げて、初音が笑う。
「今はもう2人じゃありませんし、それに、今後はもっと増えると思いますから……!」
「ま、頭数も大事だしな」
口端を歪めてパシリと両手を打ち合わせるアスラと、剣を構えたままに肩を回すギドを横目に、初音はまっすぐに前を見据える。
「できるだけ固まって動きましょう!! その方が私の臭いも届くので、お二人も安全だと思います!!」
「了解!」
「承知した」
言うが否や、3人は檻内や繋がれた者たちを片っ端から解放するべく、走る最中で確保した剣を手に混乱の只中へと駆け出したーー。
「くそっくそっくそっ、どうしてこんなことに……っ!!」
全身が焼け爛れてボロボロになりながら、バイパーが胴元施設の屋根をよろよろと這う。
その姿は半人半蛇を思わせるような人外の風貌で、全身の肌には剥がれたり焼けた鱗が浮かび上がっていた。
「あの女! あの女が!! 思えば最初からあの女だった!! 絶対に許さない! 毒で絶望させて、恐怖のままに生きたまま踊り食ってや……がぁっ!?」
ずるずると這うその背中を踏みつける、闇に光る月を背負った金の瞳。
「ありえない! ありえない! ありえない!! こんなこと絶対にありえるはずがない!! 異世界人と契約したお前はともかく、天敵同士、恨み合う人間と獣人が協力するなんてあるはずない!!!」
踏みつけられたままにその足の下でジタバタと騒ぐバイパーを、ジークは凍てつく瞳で見下ろした。
「こんなことをして何になる!? この大陸のどこにも、お前らのいられる場所はなくなるぞ!? 逃げおおせた所で人間がお前たちを放って置く訳がない!! 奴隷の国からは逃げられない!! この国に魔法使いがどれだけいると思ってる!? 烏合の衆なんか、人間の相手じゃないんだよ!!!」
「………………お前は人間が嫌いなのか、認めているのかどっちなんだ」
「認める訳があるか!! 支配してやってるんだよっ!! はっ倒すぞ!?」
「……………………」
あまりの不可解さに思わず口を開いたジークは、やれやれと閉口して遠くへと視線を飛ばす。
そうこうしている内に、にわかに騒がしくなる眼下をバイパーとジークが同時に見下ろした。
人間の悲鳴に混じる獣たちの咆哮。建物から踊り出て街を縦断していく大小様々な獣と、人間の奴隷たちの姿にバイパーは目を見張る。
次いで、奴隷の国を囲む壁面の方角から聞こえた獣の咆哮やけたたましい音の激流に目を凝らし、その言葉を失った。
「なんだ……っ……何だあれは!? 国がっ!! この国が、獣たちに囲まれている!?」
まるで信じられないものを見るように屋根に這いつくばりながら唾を撒き散らすバイパーを尻目に、ジークは夜風に乗って運ばれてくるそのたくさんの気配と声と臭いに、その目元と口元を緩ませる。
天敵である大量の魔法使いが待ち構えているであろう奴隷の国へ、初音とジークの言葉だけを信じて、種族も利害関係も放棄した様々な獣人と獣たちが人間の勢力を撹乱するべく尽力していた。
パピーミルの一件から献身的に継続的に、数々の種族との縁を繋げてくれていた白狐のヘレナや、その求心力を持ってして先導してくれているであろう白虎や白狼たちや、ネロの気配。
すべては、長らく続いた閉塞的な現状を打開するために。自らのいた地獄に未だ囚われている仲間のために。その身の危険も顧みず、初音とジークに協力し、互いに援護し合って動いてくれている。
その黒い耳と尻尾を夜風に揺らし、氾濫する気配の濁流からそれらを感じ取ったジークは、月明かりに照らされる奴隷の国を見下ろして何かが確かに変化する予感を感じ取っていたーー。




