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4.警戒

「あ、お姉起きた?」


 気づけば朝を迎えていた。


 ミシミシと音を立てる身体をほぐしながら、ぼんやりと重い頭で怒涛の出来事を思い出した初音は青年の姿がないことに気づく。


「お姉、身体は大丈夫? ごめんね、お兄にもたれられたら良かったんだけど……」


「えっ!? いや、そんな悪いし! アイラちゃんもいてくれて昨夜は安心して寝られたし、本当にありがとう」


 申し訳なさそうなアイラから、半分に割った木の実の殻に入れられた水を受け取ると、初音は笑顔で首を横に振る。


「よかったら、お兄が切っちゃった髪を揃えてもいい?」


「ほんと? 嬉しい」


 笑顔を向けられたアイラはほっとしたような顔をして、ちょこんと初音の背後に回ると短刀で、切られっぱなしのガタガタの髪を肩口で器用に揃えていく。


「ありがとう」


「ううん。……お姉、昨日は、アイラをハンターから助けてくれて、本当にありがとう」


「アイラちゃん……」


 髪を綺麗に整えてもらった初音は、昨日の恐怖が冷めやらぬアイラの様子に気がついて、そっとその身体を抱きしめる。


「結局2人に助けてもらったのは私の方だけど、元気なアイラちゃんとこうして話せて私もうれしい」


「お姉……っ、あ、あと、あれ、お兄の服なんだけどよかったら……」


 うるりとその瞳を光らせたアイラに示された大きめの服を、初音は質素な服とありがたく交換した。


 そうこうしているうちに近づいてきた気配に、アイラがその丸くて黒い耳をピクリとさせて洞窟の入り口へと顔を向ける。


 その視線に釣られて初音が背後を振り返れば、そこには青年がずるずると小ぶりなシカを片手に歩いて来ていた。


「えっ!! シカ!?」


「シカだっ!!」


 シカの存在感に圧倒される初音とは裏腹に、アイラは分かりやすく目を光らせるとその耳と尻尾を興奮したように逆立てた。


 今にもじゅるりと涎を垂らしそうな勢いで目をギラつかせるアイラの変わりように、初音は若干ドキドキする。


 もしかしなくとも、一歩間違えれば初音は青年とアイラに餌認定される立場だったりするのではと、今更ながらに目を背けていた問題に初音はゴクリと喉を鳴らした。


「……お前も食うか?」


「え、いいの……?」


 基本的にはスマート&クールな青年にどきりとして、初音は思わずと聞き返す。


「血抜きはしてきたから、切って焼けば人間でも大丈夫だろ……」


「そ、そうなんだ……っ」


 どことなく緊張してしまう青年の空気に視線を揺らし、初音はその姿を改めて見上げる。


 頬に飛んだシカの血を乱雑に腕で拭い、ダークグレーの尻尾を揺らして、耳と尻尾をもつ青年の金色の瞳が、スッと呆けて見ていた初音の視線と交錯する。


「……シカを食べたら送っていく」


「お兄……っ!」


「言うことを聞け。気に入ってるのはわかるが、ここはそいつにとっても安全じゃない。俺たちでは守れないのは、アイラもわかってるだろ」


「……でも……っ」


「アイラちゃん、ありがとう。これ以上迷惑もかけられないから……」


「でもお姉、奴隷として売られそうになるなら、行く場所なんてないんじゃないの……」


 痛いところを突かれて言葉に窮する初音を、青年は何とも言えぬ表情で横目に見る。


 しかし次の瞬間には弾かれたように洞窟の入り口へと顔を向けていた。


「アイラっ!」


「お姉っ! アイラから離れないでっ!」


「えっ、な、何なに何っ!?」


 突然の警戒態勢に、初音があたふたと2人の顔を見比べた時。


「どぉもどぉも、こんちわぁ」


「朝からお邪魔してごめんなさいね」


「ぅおマジで人間いんじゃん! しかも生きてるとかマジヤッバっ!! こりゃ楽しくなってきたわぁっ!!」


 ギャハハと騒がしくあまり品がいいとは言えない雰囲気で、洞窟の入り口から3人の人影が近寄ってくる。


 アイラと初音の盾になるようにそれらの人影との間に立ちはだかる青年は、人型ながらぐるると獣らしい唸り声を発した。


「揃いも揃って何の用だ。人の縄張りに許可なく踏み入るとは感心しないな」


 未だかつてないほどにぐるぐると全身から威嚇をする青年の雰囲気に押され、言葉を失う初音をアイラはその小さな獣の腕でギュッと抱きしめる。


「私たちもあなたを怒らせるつもりはなかったんだけど、変なウワサを聞いちゃったのよ。クロヒョウが人間を食べもせずに連れ歩いてる……とかね?」


「マジで生きてる人間連れてるとかマジ驚きなんだがっ!!」


「邪魔するつもりはなかったんですがねぇ? そんな話し聞いたらやっぱり気になるじゃないですかぁ」


「生きてる丸腰の人間なんてそう襲えやしないじゃない? しかも若い女なんて絶対に柔らかくて美味しいでしょ。ひいひい言う声を聞きながら、骨までしゃぶってやりたくなっちゃって」


「……相変わらず、嗅ぎつけることにかけてお前らの右に出るやつはいないな」


「あら、お褒め頂きありがとう」


 ジリと距離を取る青年に対して、女たちは余裕の表情でニヤリと意地悪く笑ったーー。



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