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奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。  作者: 月にひにけに
第二章 キミと生きる

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39.機微 ⭐︎

 やばい。私はまた何か重要な決断を誤った気がする。


 そんなことをアスラは1人もんもんとな考えながら、やはり逃げるか。いや馬も取られたしな。なんてぐるぐる考えていた。


 森の中に取り残されると言う死活問題が差し迫る故に、手だけはテキパキと動かして、言われるがままに寝床作りに精を出すアスラ。


「メシだ」


「……えっ!? あ、いい……のか……?」


 いつの間にか背後にいたジークに、無感情でドサドサと目の前に無造作に置かれる肉と果物を困惑したように見下ろして、アスラはそのローブの奥の金の瞳を見上げた。


「あとで近くの水場にも案内しますね。入れ物は良ければこれを使って下さい。大した準備もさせずに連れて来ちゃって、不便をかけてすみません。あと、夜までにひとまずの身の安全は確保できそうですか?」


 言いながら、古ぼけてベコベコになったバケツを差し出すローブ姿の初音に、アスラはぎこちなく首を縦に振る。


「洞窟周りの魔法陣さえ完成させれば、身を守るだけならひとまず大丈夫なはずだ」


「良かったです。私たちも比較的近くにはいるはずなので、何かあれば声を上げて下さい」


「…………あぁ、ありがとう……」


「……あの、怪我は大丈夫ですか? 街に戻る時に襲われてしまいましたか……?」


 恐らくずっと気にしていたのであろう怪我についてを聞かれ、アスラはしばし黙した後に口を開く。


「……これは、ほら、一緒にいた身なりの良い男がいただろう。あの雇い主の男を危険にさらした見せしめというだけで、おかげさまで街までは無事だったよ」


「………………そうでしたか……あの、何か痛みが出たりしたら無理せずに言って下さいね」


「…………ありがとう……」


 金の瞳の監視が1秒たりとて緩まない一方で、アスラはジリジリと落ち着かない様子で返事を返した。


「……この間はあんな状況でしたが、色々教えて下さりありがとうございました。おかげで、とても助かりました」


「……別に、子どもでも知ってるような一般的なことばかりだったが……」


「それでも、ありがたかったです」


「…………私をわざわざ指名したのは、他にも知りたいことがある。と言う認識で良かったのか?」


「……もしよければ、また教えて貰えたらありがたくはあります。あ、でも、アスラさんだから、お願いした面はあるんです。……アスラさんにとっては迷惑なお話に、なってしまったとは思うんですけど……」


「…………」


 眉尻を下げて、建前か本音かわからないことを口にするローブ姿の初音を、アスラは無言でじっと見つめる。


 調子が狂う。ただただその言葉に尽きた。


 未だに名前も、素性も、その素顔すら定かではなく、なぜか魔法の効かない金の瞳の獣人に、その気分一つで瞬時に首をひねりあげられてもおかしくない現実は何も変わらない。


 どうひいき目に見たところでお互いの警戒態勢は明らかで、そこに信頼などないに等しいのは分かりきっていた。


 熊が住んでいた穴に案内されるなんて信じがたいほどの悪環境であるはずで、どクズなグリネットの周囲に置かれていた心境を夢に見そうな扱いだ。


 それなのに、アスラはどこか不思議な感覚に包まれていた。


 側から見れば恵まれていたのかも知れないグリネットの側は、少なくとも普通の生活に困ることはまずなかった。


ーーコイツらは、一体何なんだ……。


 アスラはベコベコのバケツを無言で見下ろして、視線を揺らす。


 足りないものだらけな上に互いの天敵同士であるはずなのに、遥かに人間として扱われている気がして、アスラは落ち着かない胸中に戸惑っていたーー。






「みんなとの連絡はどう?」


 アスラへ水場の案内を終えて、また来ると言い置いた初音とジークは、事前にある程度整えていた木の上の寝床で一息ついた。


「パピーミルの件から協力すると申し出てくれている獣人たちとは定期的に連絡は取れている」


「……奴隷になっている獣人たちを解放できたらってパピーミルから持ち帰った資料は調べていたけど、思ってたより早くなりそうだね。……フィオナ……さんは、わざわざあんな危険を犯してまで、嘘を吐いているようには見えなかったけど……」


 理想と現実。下手をすれば死活問題にも直結する事態に、能天気に立場が違う相手を信用することもできず、初音はうむむむと眉間にシワを寄せた。


「……必要以上に助けて回ろうと思っているわけではないにせよ、こないだの象の一件のように見てみぬフリもできないんだ。それなら、もういっそのこと何かしら対策をされる前に事を起こすのは悪くない」


「そう……うぁっ!?」


 ふうと息を吐いたジークの腕が伸ばされて初音の身体を抱き込むと、そのまま樹上でゴロンと転がる。


「ジ、ジークっ!?」


「…………」


 目を白黒させて、びくともしない腕の中で初音が身じろぎをすれば、頭に寄せられたジークの息づかいに体温が上がった。


「……あいつにあまり気を許すな」


「へ?」


 掛けられた言葉に、初音は金の瞳を見返した。


「え、あ、あぁ、アスラさん? や、もちろん、私の魔法とか、ジークの魔法耐性とか、人間側の内情とか、向こうの領分に踏み入れるならもう少し色々知りたいとは思ってるけど、もちろん流石に丸っと信じるのは危ないとは思ってるよ!」


 大丈夫! と返す初音を、ジークは眉間にシワを寄せて無言で見返す。


「…………とりあえず事前の打ち合わせ通り、2人にはなるな」


 ジークへの魔法は効かないらしい一方で、丸腰の初音が人質に取られることは何よりも避けたい事柄であると、アスラを迎える前に2人は話していた。


「うん、わかってる。心配してくれてありがとう」


 へへっと寝転がった腕の中で能天気に笑う初音を見て、ジークは何とも言いがたい顔をした後にため息を吐くと、その腕にそっと力を込めたーー。

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